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インドからミルクティ

【インドからミルクティ】 17杯目 アショーカ王(梵: अशोकः)と宗教でも救えない現実

2020-09-07

ホテルに戻って朝食。

バイキング形式でのでの食事は、とてもおいしかった。
食事の後、昨日購入した品物をシルクの工場からの配達されるのをまっていた。
ほぼ時間通りにやってきたシルク製品は、自然な光を受けてより光り輝いていた。

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サールナート

再びバスに乗りこみ「サールナート」へ向かう。

「サールナート」とは、釈尊が「覚り」を得た後、初めて仏教を説法した場所です。
これを【初転法輪】と言います。

バスで約30分、「サールナート」に着く。
例によってバスから降りるとここでも「物売り」がやって来ます。

「日本寺」へ立ち寄る。
「日本寺」と呼ばれるお寺は、日本人が作ったわけでなく、「日本人の絵師」が壁画を描いたことで、そう呼ばれているそうです。
まるで海浜幕張公園?のような場所にその寺はあった。

チベット仏教系の寺なので、日本の寺院とまったく外見が違っています。
寺院内に入るときは、もちろん靴を脱ぎます。
内部に描かれた壁画は迫力があり、大変素晴らしく、奥に配置してある金ぴかの仏像も落ち着いた雰囲気で「いい顔」をしていました。
「仏様」を一回りして外にでる。

公園を奥に進むと、目の前に巨大な塔が見えてきた。
「あれが、お釈迦様が説法をした場所です。アショーカ王がストゥーパを作りました。」
その巨大な塔は、釣り鐘のような形をしています。
周りを信者らしき人が淡々と歩いています。
着ている服装からするとチベットから来た人らしい。と説明されました。
「この巨大な塔もアショーカ王時代はかなり小さい塔でした。後の王様がどんどん大きくしていったのです」


塔の向こう側は、仏教の遺跡がずぅーっと続いています。
反対側には、黄金に輝く「ジャイナ教寺院」

アショーカ王(梵: अशोकः)

ジャイナ教は仏教と非常に似ている宗教ですが、生き物を殺さないことを第一としています。
塔の背後には、アショーカ王の建てた柱が、根元のみ残っていました。

アショーカ王は仏教を非常に保護した王様で、彼の紋章である「4頭のライオン像」は、インドの国旗や紙幣に描かれています。
アショーカ王の柱には、サンスクリット語(通称:梵語)がはっきり残っていました。


学生の頃歴史で習ったものが目の前にあるって凄い感動です。
アショーカ王の柱は、教科書の写真そのままでした。

「サールナート公園」から出て博物館に向かいます。
通りには沢山の店(屋台)が、出ていました。
「果物」「花」「チャイ」「土産物」 鮮やかな色が、埃っぽい道路に浮かんでいるようです。

宗教でも救えない現実

次は博物館に向かうわけですが、その途中で

  • 赤ん坊を抱えて「バクシーシ」をする3~5才ぐらいの女の子
  • 足が動かないのか、座ったまま我々の後を追いかけてくる10才ぐらいの男の子
  • ミネラル・ウォーターを抱えて売りに来る10才ぐらいの女の子
  • よくわからないが「じゃーぱにー」を呼び続ける子供たち

女の子が売っていたミネラル・ウォーターは、ホテルで売っているのよりずっと安かった。

「宗教がこれほど根づいているのに...」
「宗教では何も救われないのか?」

現実を直視できない日本人の一人である私は、
逃げるように足早で歩いて行く。

「自分の荷物をしっかり握り締める自分」

なにもできない自分がそこにいた。
複雑な心境で博物館に向かう。
彼らが決して入ってこれない、博物館の綺麗な芝生が目に染みた。

【インドからミルクティ】 18杯目 本場のチャイに遭遇

博物館には、先ほど見たアショーカ王の柱の先端部分が飾ってあった。 4頭のライオン 砂岩でできた4頭のライオンは、2千年近く昔のものなのに、ものすごく滑らかでした。 「美しい」 他の展示物は、この近辺で ...

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はぼぞう

旅と砂漠と写真と女性を愛する60歳ちょっと前の現役ITエンジニア シンガー 森口博子とアーティスト 中村中が大好きです。

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