「サッカーでヘディングを続けると、脳に障害が残る」——そんな噂を一度は耳にした方も多いのではないでしょうか。子どもにサッカーをさせている保護者にとっては、笑い話では済まされない不安です。結論から言えば、これはもはや単なる噂ではなく、科学的な検証が進んでいるテーマです。そして2026年、その議論を一歩進める新しい研究が発表されました。
この記事の要点
・ヘディングを1回しただけでも、脳の損傷に関わるタンパク質が一時的に上昇
・ヘディングの回数が多く・強いほど上昇幅が大きいことを確認
・数値は24〜48時間で元に戻るが、研究者は「長期的な影響を否定するものではない」と指摘
・元プロ選手では神経変性疾患の死亡率が一般人の約3.5倍という別の大規模研究も
「ヘディングは脳に悪い」という噂の出どころ
ヘディングは、サッカーボールを頭に当ててパスやシュート、クリアをするプレーで、試合では日常的に見られます。一方で「頭にボールをぶつけ続けて大丈夫なのか」という疑問は、実は数十年前から繰り返し指摘されてきました。
注目が一気に高まったきっかけのひとつが、英グラスゴー大学による大規模調査です。元プロサッカー選手は、一般の人と比べて神経変性疾患(しんけいへんせいしっかん=脳の神経細胞が徐々に失われる病気の総称)で亡くなる割合が高いと報告され、英国のサッカー界が本格的に対策へ動き出しました。つまり「噂」の背景には、すでにそれなりの科学的根拠が積み上がっていたのです。
2026年の最新研究:1回のヘディングで何が起きたか
2026年5月、医学誌『JAMAニューロロジー(神経学)』に、アムステルダム大学医療センターの研究チームによる新しい論文が掲載されました。ヘディングを1回するだけでも、脳細胞の損傷に関連するタンパク質が血液中に一時的に放出されることを示した研究です。
研究の概要は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
| 対象者 | 上級アマチュアの男性サッカー選手 302名 |
| 調査方法 | 11試合で採血(試合前・直後・24〜48時間後)。カメラでヘディングの回数と強さを記録 |
| 注目した指標 | 血液中の6種類のタンパク質。特に S100B と p-tau217(リン酸化タウ217) |
| 主な結果 | ヘディングをした選手は試合直後にこれらの数値が上昇。24〜48時間で元に戻った |
ここで出てくる2つのタンパク質が何者なのか、簡単に整理しておきます。
■ S100B(エスワンハンドレッドビー)
脳内の星形の細胞「アストロサイト(星状膠細胞)」が主に作るタンパク質。外傷性脳損傷(TBI)の評価に広く使われ、頭部のダメージから1時間ほどで上昇するのが一般的です。
■ p-tau217(ピータウ217)
アルツハイマー病の代表的な血液バイオマーカー(生体指標)のひとつ。通常は神経細胞の「骨組み」を安定させるタウというタンパク質が、脳への機械的な刺激で変質したものです。
注目ポイント:回数と強さで上昇度が変わる
この研究で特に重要なのは、ヘディングの回数が多い選手、強く当てた選手ほど、p-tau217の上昇が大きかったという点です。具体的には、3回以上ヘディングした選手や、強い衝撃のヘディングを複数回行った選手で、p-tau217がはっきりと増えていました。「たまたま」ではなく、頭への負荷と数値の上昇に関係性があることを示しています。
研究チームは、頭が短時間で加速・減速することで「脳しんとうに似た現象」が、ごく小さなスケールで起きている可能性を指摘しています。別の研究では、頭がボールに触れた瞬間、頭の中を圧力波(あつりょくは)が伝わることも示されています。
冷静に見るべき点:数値は「元に戻った」
ここは読者の不安をあおらないために正確に伝えるべきところです。上昇したタンパク質の数値は、いずれも24〜48時間で元のレベルに戻り、しかも臨床現場で「脳損傷」と診断する基準値を超えてはいませんでした。つまり、1回の試合で即座に深刻な障害が残る、という単純な話ではありません。
ただし研究者は同時に、こうも釘を刺しています。診断基準はもっと重い脳損傷を見つけるために作られたもので、軽い変化を「問題なし」と保証するものではない。そしてこの小さなダメージが、何百回・何千回と積み重なったときに何が起きるかこそが懸念だ——というわけです。今回の研究も「長期的な害を否定するものではない」と明言しています。
過去の大規模研究も「リスク」を示している
短期の血液変化に対し、長期的な影響を示したのが前述のグラスゴー大学「FIELD研究」です。元プロ選手 約7,676名と一般人 約2万3,000名を18年以上追跡した結果、次のような差が確認されました。
| 疾患・項目 | 一般人と比べた倍率 |
| 神経変性疾患による死亡(全体) | 約3.5倍 |
| アルツハイマー病 | 約5倍 |
| 運動ニューロン病(MND) | 約4倍 |
| パーキンソン病 | 約2倍 |
さらに興味深いのは、ポジションによって差があったことです。最もヘディングが多いディフェンダーは約5倍とリスクが高く、一方でゴールキーパーは一般人とほぼ同等でした。選手生命が長いほどリスクが上がる傾向も見られ、2024年の追跡では喫煙や飲酒など生活習慣ではこの差を説明できないことも示されています。ヘディングをはじめとする頭部への衝撃が、より直接的に疑われる結果と言えます。
世界と日本のルール対応
こうした研究を受けて、各国のサッカー界はすでに子どもを守るための対策に動いています。
| 国・団体 | 主な対応 |
| アメリカ | 2015〜2016年に、10〜11歳以下のヘディングを禁止 |
| イングランド等 | 2020年に11歳以下の練習でのヘディングを制限。さらに試合での意図的なヘディングをU-7〜U-11で段階的に廃止(2024-25〜2026-27シーズン) |
| 日本(JFA) | 小中学生向けの指導指針を策定。過度な反復を避け、年代に応じて段階的に導入。ルール改定ではなく「正しい技術指導」が軸 |
日本サッカー協会(JFA)は、ヘディングを全面的に禁止するのではなく、未熟なまま競り合うほうがかえって危険だという立場から、年代に応じた段階的な指導を重視しています。空中戦はサッカーの魅力でもあり、ルールそのものを変える動きは現時点ではありません。
では、どう考えればいいのか
ここまでを整理すると、「ヘディングで脳に障害が残る」という噂は、完全な迷信ではなく、リスクの存在を示す科学的根拠が積み上がっているのが実情です。一方で、週末に楽しむレベルのプレーで誰もが必ず病気になる、という話でもありません。重要なのは「量」と「年齢」です。
- 成長途中の子どもの脳は特に守るべき——海外の制限はここに集中している
- 問題は1回ではなく生涯にわたる積み重ね(蓄積)
- 正しいフォームと、無理な反復練習を避けることが現実的な対策
- 頭部への強い衝突や、いわゆる「脳しんとう」のサインを軽視しない
まとめ
2026年の最新研究は、「ヘディングは1回でも脳に小さな変化をもたらし、回数と強さに応じて大きくなる」という、これまで漠然と語られてきた不安に具体的な数値を与えました。数値自体は短時間で元に戻るものの、過去の大規模研究が示す長期リスクと合わせて考えると、無視してよい話ではありません。
サッカーは健康に多くの恩恵をもたらすスポーツでもあります。だからこそ、リスクを正しく知り、特に子どもについては「守りながら楽しませる」という視点が、これからの常識になっていくのでしょう。
【出典】
・JAMA Neurology「Amateur Soccer Heading and Acute Elevations in Blood-Based p-Tau217 and S100B」(2026年5月)
・Live Science(2026年6月1日)
・University of Glasgow FIELD Study(2019・2021・2024年)
・The FA/JFA ヘディングに関するガイドライン
※本記事は情報提供を目的としたもので、医学的助言ではありません。