日本から約6時間 NH1181便 は下降をはじめた。眼下に赤茶けた地面が見える。
「あれ ミャンマーってジャングルじゃなかったの?」
少しずつ高度が下がってくるとはっきり見えてくる。
赤茶けた地面と所々に森のようなものが確認できる。
畑のような所も見えるが作物は何も植えられていないようだ。
やがて ヤンゴン・ミンガラトン空港に無事着陸!
思ったより綺麗な空港であった。
確かこの空港に日本が円借款をするというニュースを聞いたことがあった。
ちなみに首都はここヤンゴン かつてラングーンと言われていました。
タラップ降りる。
暑い!
夕刻だと言うのに熱気が我々を襲ってくる。
すこし焦げ臭い!
国際空港だと言うのに飛行機は我々が乗って来たNH1181便のみである。
「こんな寂しい空港は始めてだ」
タラップを降りると一台のリムジンバス
「乗り切れるの?」
という心配をよそに全員乗ってしまった。
「こんだけしか乗っていなかったんだ」
ドアが空いたままバスは疾走する。
空いたドアから心地よい風が入って来た。
いよいよ入国審査!
と言っても駅の改札口のようにいたってのんびりしている。
改札口? 失礼 入国審査官は全部で6~7人ぐらいいた。
私はいつものごとく最後尾(なぜかいつも入国審査は一番最後になってしまう)
自分の番になったとき「地球の歩き方」に書かれてあったミャンマー語で唯一覚えていた言葉をかけた。
「ミンガラーバー」
審査官の女性は「ニコッ」と笑ってパスポートを取った。
あの大層な「ビザ」を切り取り別の紙を挟んでパスポートが戻ってくる。
「この紙は出国の時に必要なのでなくさないで下さいね。」
「サンキュー」
残念なことにありがとうに該当するミャンマー語はまだ覚えていなかった。
スーツケースを受取りに行く
なにしろ乗客が少ない 荷物のピックアップはすぐ終わる。
税関をあっさりすり抜け(高橋さんが手続きしてくれていた)スーツケースを転がす暇もなく現地ガイドの人が紹介された。
「この方が現地でガイドをなさってくれるセインさんです」
眼鏡をかけてスカートのようなものをはいている
足下はビーチサンダル?
「えぇ ビーサン?」
ちなみにこのスカートのようなものは「ロンヂー」と呼ばれている。
周りを見渡すと外国人である我々以外は全員スカートのようなものをはいている
「セインと申します。よろしくお願いします」
綺麗な日本語である。
あの「インド」の現地ガイド ラジャーン氏より日本語がうまいと思われる。
スーツケースはすぐにポーターと思われる人たちが運んでゆく。
そう言えば銃を持った人がいない。
軍事政権下なのに空港は平和。
インドのように服を引っ張れることもない。
群がってくる子供達もいない。
ヨーロッパの空港の方が恐い 自動小銃を抱えた警察がいるぐらいですから。
空港の外に出る 看板が綺麗である。
「おぉ 555 の看板が出てる」
WRCラリーの詳しい方なら御存じであろう。
スバルのクルマに見られるタバコ会社である。
日本ではめったにお目にかかれない英国のタバコメーカーである。
同じツアーの「あらい」さんがポーターの人と何か話している。
「おいおい この人 ミャンマー語しゃべれるの?」
迎えのバスはなかなかこない セインさんは
「今 クルマをまわしている」
と言っている。
目の前を突っ走って行くクルマは「カローラ」だった。
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【ミャンマーの休日】 その6 ビーチサンダルと日本車の走る街
バスを待つあいだいつものように観察を始める。 目の前を走るクルマは、ほとんど「日本車」しかも5年以上前のカローラやサニー、XXXX電気工業(株)などと書かれたクルマが走って行く。 思ったより湿気がない ...
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※この旅行記は、1998年に書かれたものです。
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