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グラシアス・メキシコ

【グラシアス・メキシコ】 24 沈みゆく国立芸術院

2020-11-24


1997/4/28(月) 昨夜 あれほど騒いだにも関らず 時差ボケは解消されていない。
天気は素晴らしいメキシコ日より 今日も暑そうだ
朝食を昨日と同じレストランでとって 元気よく出発
今日は、メキシコシティーの市内観光に続いて「ティオティワカン」に行く予定です。

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ドライバーさんは、カルロス

昨日と違い渋滞がひどい(昨日は日曜日) ノロノロとバスは進みます。
ちなみにバスの運転手は「カルロス」さん。
メキシコで多い名前だそうです。
「レフォマ」と呼ばれる大きな通りを行くと日本大使館、そしてその隣に宮下さんの所属している「メキシコカンコウ」のオフィスが見えます。 今日の宮下さんは、とっても機嫌が良さそうです。 みんなでペルー ペルー と騒いだのでちょっと心配したのですが大丈夫かな?
ところで通りに面して やたらと銅像が多いことに気がつく。 そう言えば
チャーチルの銅像がホテルの近くにあった。

「メキシコは、銅像を建てるのが好きなようです。 別に主義主張など関係なく 銅像を建てています。 そこに見えるのは、XXXX大統領の銅です。」
注:XXXXは覚えていない

「またメキシコは、どこの国とも友好を結ぶことに力を入れています。主義が違っても問題がありません。」
独立記念塔が見えてきました。
巨大な塔なのでバスからは見えない。

「左に見えるのは クァウテモク記念像です。 アステカ最後の皇帝です」
銅像、モニュメント類が次々と紹介されます。

「カルロスXXXXX」
宮下さんがカルロスさんに頼んでしばらく停車 ゆっくりモニュメントを見ることができました。

「カルロス グラシアス」
宮下さんの声で再びバスが走り始めます
「コロンブス記念塔」、「カルロス4世像」、「ベニート・ファレスの記念碑」

「ベニート・ファレスと言う人はメキシコの大統領の中でもかなり市民から尊敬されていた大統領です。
彼は オアハカ出身で12歳まで文字も読めませんでした。しかし努力によって大統領になったのです。
彼はスペイン人との混血ではなく オアハカ人でした」

「メキシコは、スペインとの混血が多いので人種差別がほとんどありません、ただ アメリカとスペインに対しては特殊な感情を持っているようです。何年か前にスペインのセビリア万博が開催されたとき メキシコで万博参加反対のデモがありました」
「左に国立芸術院が見えています」

沈み行く国立芸術院

宮下さんのガイドは適格で常に先手先手でガイドが進んで行く
それらしき建物が見えてきました。
大理石で作られたかなり巨大な建造物です。
形は ホワイトハウス のようにも見えます。

「国立芸術院は1934年に完成した劇場です。イタリアから大理石を取り寄せて作られました。
中にある 緞帳は2トンの重さがあり ティファニーで作られたガラス製のものです。
今 見えているのは3階しかみえませんが 本当は5階建ての建物です。
重さで2階分が沈んでしまいました。
メキシコシティーは昨日もお話したように アステカ文明が作った水上都市の上に建築されているので地盤沈下が激しく重い建物はみんな歪んでいます」
バスは細い路地に入って行きます。
石畳の道が続きます。
両側にはスペイン風の建物が続いています。
教会が多い。
ケンタッキーがスペイン風建造物の中にあったりして見ていて飽きません。

「左に見えるのが タイルの家 と呼ばれる建物です このタイルは タラベラ焼 と
呼ばれる 焼き物でできています」
宮下さんの口調が少しずつテンポアップして行きます。

※この旅行記は、1997年に書かれたものです。

【グラシアス・メキシコ】 25 歪む サン・フランチェスコ教会

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  • この記事を書いた人

はぼぞう

旅と砂漠と写真と女性を愛する60歳ちょっと前の現役ITエンジニア シンガー 森口博子とアーティスト 中村中が大好きです。

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