2026年3月17日、政府は農林中央金庫法の改正案を閣議決定した。外国債券の運用失敗で1兆8,078億円もの巨額赤字を出した農林中金に、「外部専門家」を理事に登用可能にするという内容だ。
一見すると「ガバナンス改善」に聞こえるが、その本質を掘り下げると、郵政民営化と同じ構図が浮かび上がる。JAマネーが外資に流れる仕組みづくりではないのか? そして今、ホルムズ海峡封鎖という現実が、日本の農業と食卓を直撃しようとしている。
この記事の内容
1. 農林中金法改正案 ― 閣議決定の内容をわかりやすく解説
2. JA金融部門が外資にカネを流す法案ではないのか?
3. 日本の農業は、肥料・種子もすでに海外資本に握られている
4. 米を作らせない自民党の政策
5. ホルムズ海峡の封鎖で日本の農業どころか世界的農業が壊滅する理由
6. あやうい日本の食料事情について
2026年3月17日、鈴木憲和農水大臣が記者会見で発表した農林中金法改正案のポイントは、大きく3つある。
| 改正ポイント | 内容 |
| 外部理事の兼職解禁 | これまで理事7人全員が内部昇格の執行役員だったが、外部の金融専門家を理事に登用可能にする。兼職・兼業も認める |
| 農業融資の義務化 | 従来「任意」だった農林水産業者への投融資を、農林中金の「必須業務」に格上げする |
| 出資手続きの緩和 | 農業者への出資に係る認可手続きを簡略化し、機動的な投資を可能にする |
改正の背景にあるのは、農林中金が2025年3月期に計上した過去最大の1兆8,078億円の最終赤字だ。リーマン・ショック時の5,721億円を大幅に上回る。原因は、外国債券に偏った運用が裏目に出たことにある。欧米の中央銀行が2022年以降に急速な利上げを進めた結果、保有する低利回りの外債で「逆ざや」状態に陥り、約17兆3,000億円の低利回り資産を損切りで売却せざるを得なかった。
さらに深刻なのは、農林中金だけの問題では済まないことだ。全国約500の地域農協(JA)が保有する日本国債などの有価証券でも含み損が合計6,000億円超に膨張しており、すでに赤字に転落した農協も出始めている。金利がさらに上昇すれば、農協全体の含み損は1兆円を超える可能性も指摘されている。
農林中金の損失タイムライン
2022年~ : 欧米の急速な利上げで外債の含み損が拡大
2024年4~6月期 : 4,127億円の赤字を計上
2024年9月中間 : 赤字が8,939億円に拡大
2025年3月期 : 最終赤字1兆8,078億円(過去最大)
2025年12月時点 : 債券含み損なお1兆円強
2026年3月17日 : 法改正案を閣議決定
ここで冷静に考えてみたい。「外部専門家の理事登用」とは、具体的に誰を指すのか。
農林中金の収益構造を見ると、収益の約8割が有価証券運用によるものだ。これはメガバンク(約2割)と比べて極端に運用偏重の体質であることを意味する。そこに「市場運用の専門家」として登用される外部理事とは、当然ながら外資系金融機関の出身者や、ウォール街の運用手法に精通した人材が中心になるだろう。
この構図は、郵政民営化の軌跡とあまりにも似ている。
| 郵政民営化 | 農林中金法改正 | |
| 対象資金 | ゆうちょ・かんぽ 約350兆円 | JA貯金 約107兆円 |
| 名目 | 「官から民へ」効率化 | 「ガバナンス改善」 |
| 手法 | 外部経営者の送り込み | 外部理事の送り込み |
| 結果 | 外国証券等 約86.8兆円に運用先変更 | ?(これから起こること) |
郵政民営化では、国債中心だった運用が外国証券へ大幅にシフトした。ゆうちょ銀行だけで「外国証券等」が86.8兆円(2024年9月末時点)に達し、かつて国内で循環していた資金が海外投資に回されたことで、地方経済の衰退を加速させたとの指摘がある。
農林中金も同じ道をたどっているのではないか。農林中金の総資産約79兆円のうち、農林水産業関連の貸出金はわずか9,169億円。そのうち農業部門への貸出金残高にいたっては636億円にすぎない。農協や農家から集めた107兆円もの貯金は、農業のためではなく、ウォール街の金融商品に投じられてきたのが実態だ。
注目すべき事実
2016年には、元米国通商代表部日本部長だったアフラックのレイク取締役社長が日本郵政の社外取締役に就任。その後、日本郵政はアフラックに約3,000億円を出資した。農林中金でも同様の「外部人材」による意思決定の変質が起きないとは、誰にも言い切れない。
農林中金の資金が海外に流れるという話は、実は「カネ」だけの問題ではない。日本の農業は資金・種子・肥料の3つすべてにおいて、すでに海外への依存が極限にまで進んでいる。
■ 種子の海外依存
政府は「野菜の自給率は80%」と説明するが、これは国内で「栽培」しているというだけの数字だ。野菜の種(タネ)の自給率はわずか約10%。90%以上が海外の圃場で生産されたF1種子(一代限りの交配種)を輸入している。
2018年には種子法が廃止された。この法律は1952年、戦後の食料難を経験した日本が「二度と国民を飢えさせない」という理念のもとに制定したものだった。公共の種子を守る法律が消え、農業競争力強化支援法によって公的研究機関が持つ種子のノウハウを民間企業に提供することが促された。
東京大学の鈴木宣弘特任教授は、この流れが続けば米の自給率すら2035年時点で11%まで下がる可能性があると試算している。
■ 肥料の海外依存
日本の農業に不可欠な化学肥料の原料(尿素、リン酸、カリウムなど)は、ほぼ全量を海外からの輸入に頼っている。天然ガスを原料とする窒素肥料は、中東の湾岸地域が世界の主要供給源だ。
2022年のロシア・ウクライナ戦争でも「肥料ショック」が発生し、肥料価格が急騰した。そして今、後述するホルムズ海峡封鎖により、さらに深刻な事態が進行中だ。
| 項目 | 海外依存の実態 |
| 野菜の種子 | 90%以上が海外生産・輸入 |
| 化学肥料原料 | 尿素・リン酸・カリウムとも、ほぼ100%輸入 |
| 鶏のヒナ(原種鶏) | ほぼ100%が海外依存 |
| 飼料穀物 | トウモロコシ等の大半を米国等から輸入 |
| エネルギー自給率 | 約11%(原油の9割超が中東経由) |
日本の食料自給率がカロリーベースでわずか38%に留まっている最大の要因のひとつが、長年にわたる減反政策だ。
1970年代に始まった生産調整は、米の過剰生産を抑え、米価を維持するという名目で行われてきた。ピーク時には約1,400万トンあった米の生産量は、現在800万トン弱にまで減少している。政府は表向き「減反は2018年に廃止した」としているが、実態としては飼料用米や転作への補助金誘導により、主食用米の作付けを抑制する構造は変わっていない。
2025年には「農業構造転換集中対策期間」として5年間で農地の大規模化を進める方針が示された。これは企業や大規模法人が農地をまとめやすくする政策であり、小規模農家の淘汰が加速する可能性がある。
「令和の米騒動」と呼ばれた2024~2025年の米価高騰は記憶に新しい。農水省の統計によれば、2025年産米の全銘柄平均価格は60kgあたり前年比で1万3,000円以上の上昇となった。高値による国産米離れが懸念される一方で、備蓄米の放出という異例の政府介入にまで至った。
矛盾する政策:一方では「農地を大規模化して効率化」を掲げながら、他方では「米を作るな」と誘導し、農家の経営を圧迫してきた。その結果、農家数は10年間で約55万件も減少し、担い手の高齢化と離農が止まらない。食料安全保障を本気で考えるなら、まず「作らせる」政策への転換が不可欠ではないか。
2026年2月28日に始まったアメリカ・イスラエルとイランの軍事衝突は、報復措置としてイランがホルムズ海峡の事実上の封鎖を宣言する事態に発展した。この海峡は、世界のエネルギーの大動脈であると同時に、世界の海上肥料貿易の約3分の1が通過する要衝でもある。
国連貿易開発会議(UNCTAD)の報告によれば、3月7日時点でホルムズ海峡の通航隻数は封鎖前の平均から97%減少した。尿素や硫黄など計98万トン規模の肥料を積んだ船21隻がペルシャ湾内で身動きが取れない状態だ。
■ なぜ「石油」より「肥料」のほうが深刻なのか
エネルギーには備蓄や代替手段がある。しかし、窒素肥料の代替は極めて困難だ。現代の農業は天然ガスから合成されるアンモニア(窒素肥料の原料)に大きく依存しており、世界の尿素取引量の30%がイランおよびホルムズ海峡周辺国から供給されている。
しかも、硫黄も石油・天然ガスの精製過程で生じる副産物として供給される。海峡封鎖によりエネルギー輸送が停滞すれば、硫黄の供給も同時に落ち込むという二重の打撃が生じる。
| 影響 | 状況(2026年3月時点) |
| 原油価格 | 封鎖前から27%上昇 |
| LNG価格 | 封鎖前から74%上昇 |
| 肥料先物価格 | ほぼ全品目で2桁の上昇率 |
| トウモロコシ先物 | 攻撃開始前から6%上昇 |
| 日本のガソリン | 全国平均190.8円/L超(史上最高値更新) |
国連食糧農業機関(FAO)も「紛争が長引けば需給が逼迫し、途上国の食料安全保障を脅かす」と警告しており、4月の作付けシーズンを前に肥料が手に入らなければ、秋の収穫量が世界的に大幅減少するリスクが現実味を帯びている。
ここまで見てきた事実を整理すると、日本の食料安全保障がいかに脆弱かが明らかになる。
カロリーベースの食料自給率38%。これだけでも先進国最低水準だが、東京大学の鈴木宣弘特任教授が指摘するように、この数値にはエネルギー自給率(約11%)が考慮されていない。石油が止まれば農業機械もハウス暖房も動かない。それを織り込めば、本当の自給力はさらに低い。鈴木教授の試算では「数%程度」にまで落ち込むとされる。
日本の食料の「本当の自給率」
・公式発表の食料自給率 → 38%(カロリーベース)
・野菜の「種」を考慮した実質自給率 → 約8%
・エネルギー自給率を加味した場合 → 「数%」レベル
・飼料・肥料の輸入依存を加味 → さらに低下
今回のホルムズ海峡封鎖は、これらの脆弱性を一度に露呈させた。日本の輸入原油の9割超がこの海峡を経由している。封鎖が長期化すれば、エネルギー不足による農業機械の停止、肥料不足による収穫量の激減、飼料不足による畜産業の崩壊が連鎖的に発生しうる。
そして農林中金法の改正は、こうした危機の最中に、JAマネーの運用を「外部専門家」の手に委ねようとするものだ。農業の現場を支えるべき金融が、ますます農業から離れていくことにならないか。
いま日本に必要なのは、食料自給率の向上に本気で取り組む政策転換だ。農林中金の資金は本来、日本の農業を強くするために使われるべきもの。それを海外の金融市場に流すための「ガバナンス改善」など、国民にとって何の利益にもならない。
国民が問うべきこと
・農林中金の107兆円は、誰のために運用されているのか?
・「外部理事」は本当に農業のためになるのか?
・種子法廃止、減反政策、そしてこの法改正の先に何があるのか?
・ホルムズ海峡封鎖という現実を前に、食料安全保障は大丈夫なのか?
郵政民営化で流出した350兆円の教訓を、私たちは忘れてはならない。農林中金法の改正は、その「第二幕」になる危険性をはらんでいる。
※本記事は2026年3月30日時点の情報に基づいて作成しています。ホルムズ海峡を巡る情勢は刻々と変化しています。