2026年9月12日から13日、インドの首都ニューデリーで第18回BRICS首脳会議が開かれた。ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、イランのペゼシュキアン大統領らが顔をそろえ、加盟国が対立を抱えたまま「ニューデリー宣言」を全会一致で採択。ウクライナ戦争、イラン戦争、パレスチナはどう扱われたのか。SNSで再燃した習近平氏の健康問題は何だったのか。国内メディアを通さず、アルジャジーラ・ロイター・AFP・BBC・米メディア・新華社など海外の一次情報から深掘りする。
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BRICSとは何か──5か国から11か国へ
🟢 BRICSは、ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカの頭文字をとった枠組みだ。2006年に4か国(BRIC)で始まり、2009年に初の首脳会議を開催、翌2010年に南アフリカが加わって現在の呼称になった。西側が主導してきた国際機関(国際通貨基金=IMF、世界銀行、世界貿易機関=WTOなど)の改革を求め、「グローバル・サウス」(南半球を中心とする新興・途上国)の発言力を高めることを掲げる、いわば西側主導秩序への対抗軸である。
🟢 2023年以降に拡大が進み、エジプト・エチオピア・イラン・アラブ首長国連邦(UAE)が加入。2025年にはインドネシアも正式加盟した。アルジャジーラによれば、現在の加盟は11か国で、世界人口の約49%、世界の国内総生産(GDP)の約40%を占める規模に達している。2025年には、ベラルーシ、ボリビア、キューバ、カザフスタン、マレーシア、ナイジェリア、タイ、ウガンダ、ウズベキスタン、ベトナムの10か国が「パートナー国」として加わった。
🔵 BRICSは、加盟国が互いに対立していても、国際的な「選択肢」を増やしたいという一点で結びつく緩い協議体だ。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)のように全会一致の一枚岩を目指すものではなく、専門家は「不一致を抱えながら実務協力を進められるか」が本質的な問いだと指摘する。
第18回サミットの概要と参加国
🟢 今回の会議は、インドのモディ首相が議長を務める2026年議長国サミットで、会場はニューデリーの国際会議場「バーラト・マンダパム」。テーマは「強靱性・革新・協力・持続可能性のための構築」で、BRICS協力の20周年にあたる節目でもあった。会議終了後、次回2027年の議長国は中国が引き継ぐことが確認された。
🟢 プーチン大統領、習近平主席(7年ぶりのインド訪問)、イランのペゼシュキアン大統領、南アフリカのラマポーザ大統領らが出席。一方、ブラジルのルラ大統領は国内の地方選挙のため欠席し、外相が代理を務めた。UAEはアブダビ皇太子、サウジアラビアは外相が出席した。国連のグテーレス事務総長、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長、WTOのオコンジョイウェアラ事務局長ら国際機関トップも参加した。
| 国・機関 | 出席者・代表 |
| インド(議長国) | モディ首相 |
| ロシア | プーチン大統領 |
| 中国 | 習近平主席(7年ぶり訪印) |
| イラン | ペゼシュキアン大統領 |
| 南アフリカ | ラマポーザ大統領 |
| ブラジル | 外相(ルラ大統領は選挙で欠席) |
| UAE | アブダビ皇太子 |
| サウジアラビア | 外相 |
ニューデリー宣言──何が決まったのか
🟢 加盟国は初日の12日、「ニューデリー宣言」を全会一致で採択した。環球時報などによれば宣言は45ページ・140項目にわたる。だが、その裏では調整が難航し、複数のインド系メディアは、最も対立の激しい部分の交渉が土曜未明の午前4時ごろまで続いたと報じている。イランとUAEという「戦争の当事者同士」を同じ文書に署名させることが最大の関門だった。
🔵 昨年(2025年)のリオ宣言と比べると、今回の宣言は「誰も名指ししない」姿勢が際立つ。以下に主要論点を並べた。
| 論点 | 2025年リオ宣言 | 2026年ニューデリー宣言 |
| ウクライナ戦争 | 「各国の立場を想起する」と言及。ロシア領への攻撃を非難する文言も | 直接の言及を完全に削除。「対話・協議・外交」で紛争解決をと一般論のみ |
| イラン戦争 | 米国・イスラエルによる攻撃を「国際法の明白な違反」と非難 | 「深い懸念」「最大限の自制」を求めるが、米・イスラエル・イランを名指しせず |
| パレスチナ | 2国家解決を支持 | より踏み込み、強制移住に「断固反対」。国連加盟や1967年国境を明記 |
| 一方的な関税・制裁 | 保護主義への懸念を表明 | 「一方的な関税」「国連安保理の承認なき制裁」を批判。ただし米国を名指しせず |
ロシア・ウクライナ戦争は議題になったのか
🟢 結論から言えば、ウクライナ戦争は宣言で「消えた」。アルジャジーラや米ニュースサイトによれば、ロシアが2022年に侵攻を始めて以降、BRICS宣言には毎回ウクライナ紛争への言及があったが、今回は直接の言及がすべて落とされた。代わりに「対話・協議・外交」による紛争解決という一般的な呼びかけにとどまった。
🟢 一方で宣言は、国連安保理の承認を得ていない「一方的制裁」を批判し、その撤廃を求めた。これは、侵攻以来、西側から広範な制裁を受けているロシアにとって有利な文言だ。ロシア産原油を輸入してきたインドにとっても意味を持つ内容である。
🟡 ロシア大統領府(クレムリン)のペスコフ報道官は、タス通信を通じ、習主席とモディ首相がウクライナ和平交渉での仲介役を申し出て、プーチン大統領がその用意を歓迎したと述べた。今月初めには米国のウィットコフ、クシュナー両特使がモスクワでプーチン氏と会談しており、トランプ政権が戦争終結に向けて動いているとの見方も背景にある。
🔵 交渉のテーブルにロシアが座っている以上、モスクワを批判する文言は合意を壊しかねない。インド自身もウクライナ問題で宣言全体が埋め尽くされることを望まず、結果として「言及しない」ことが最も摩擦の少ない着地点になった、というのが実相だろう。
イラン戦争・イスラエル・中東
🟢 今回のサミットは、米国とイスラエルによるイランへの戦争開始から約半年後という緊張下で開かれた。宣言は中東情勢の「継続的な緊張激化への深い懸念」を表明し「最大限の自制」を求めたが、米国・イスラエル・イラン・湾岸諸国のいずれも名指ししなかった。米国が空爆したナタンズ、イスファハン、フォルドゥの核施設を念頭に、国際原子力機関(IAEA)の保障措置下にある平和的核施設や民間インフラへの攻撃に懸念を示した点が、事実上の間接的な批判と受け止められている。
🟢 新華社によれば、習主席は演説で、この戦争は「国際社会の共通の利益に資さない」と述べ、政治的解決と恒久的で包括的な停戦を呼びかけた。イランは今年5月のBRICS外相会合でも共同声明をまとめられておらず、加盟国間の溝の深さが改めて浮き彫りになった。
🟢 対照的に、パレスチナ問題では宣言はより明確な言葉を選んだ。パレスチナ人の強制移住や占領地の地理・人口構成の変更の試みに「断固反対」し、ガザでの戦争の終結、人道支援の妨げない搬入、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への支援、パレスチナの国連正式加盟を要求。東エルサレムを首都とする1967年国境に基づく2国家解決への支持を改めて示した。
加盟国間の亀裂──イラン対UAE、インド対中国
🟢 今回の宣言が「玉虫色」になった最大の理由は、加盟国が互いに戦火を交える関係にあることだ。イランとUAEは中東の戦争で正面から対立する。アルジャジーラによれば、イランの報復攻撃はUAEで15人を死亡させ、UAEは8月にイランへの無期限の貿易禁輸を発表した。イランとサウジアラビアの間でも、イエメンのフーシ派をめぐる緊張が続く。
🟢 インドと中国も、2020年のヒマラヤ国境での衝突以来、国境画定や貿易赤字をめぐる不信が残る。ただし今回、習主席の7年ぶりの訪印を機に関係改善の動きも見られ、中国国営メディアは「信頼醸成の新段階」と位置づけた。米側の圧力が、皮肉にも印中を近づけている面もある。
🔵 元インド外務次官はX(旧ツイッター)で、対立を抱えつつ宣言をまとめたインドの外交を「大きな成功」と評価しつつ、こう指摘した。BRICSは難しい対話を継続させ、大枠の原則を確認することはできる。だが、加盟国の利害が衝突したとき、責任の所在を特定したり、集団で行動を組織したりすることには苦しむ——。BRICSの価値と限界が同時に露呈した、というわけだ。
習近平氏「5つの提案」と健康SNS騒動の真相
🟢 まず事実として、習主席は今回のサミットに本人が出席した。新華社・環球時報によれば、両日とも演説し、モディ首相・プーチン大統領と手を取り合って集合写真に収まった。会議2日目には、次期議長国として「より大きなBRICS」に向けた5つの提案を打ち出している。
| 習主席が示した「5つの提案」(新華社報道) |
| ① 人工知能(AI)分野の協力 |
| ② 貿易・投資の円滑化 |
| ③ デジタル産業の育成 |
| ④ スマート(知能化)製造 |
| ⑤ 科学技術人材の育成 |
🟡 では、なぜ習氏の健康問題がSNSで話題になったのか。背景には長い「前史」がある。習氏は昨年2025年、ブラジル・リオでのBRICSサミットを、就任以来初めて欠席した。この異例の欠席が、健康不安や党内権力闘争の観測を一気に加速させた。健康をめぐる噂自体は、2012年の権力継承期、2022年、2024年など、指導部の隠遁や重要行事のたびに(特に夏の終わりに)繰り返し浮上してきたものだ。
🟢 だが、こうした噂の多くは裏付けを欠く。ロイターのファクトチェックは、習氏が脳卒中を起こしたとする写真や報道を「誤り」と判定している。複数の分析機関は、脳動脈瘤・脳卒中などとする一連の主張が、ロシア語圏メディアやテレグラム経由で拡散した点に注目し、ロシア対外情報庁(SVR)が関与した情報工作の可能性を指摘する。豪ローウィー研究所も、この種の噂は習氏が公の場に再登場するたびに崩れてきた、と分析している。
🔵 今回のニューデリーでの「本人出席」は、まさにその再登場にあたる。7年ぶりの訪印で二度演説し、他国首脳と並んで写真に収まった姿は、少なくとも「サミットに出られないほどの重篤な状態」という説とは整合しない。噂を事実として扱うのではなく、確認できる映像と一次情報に照らして冷静に見るべき局面だ。当ブログは、裏付けのない健康断定には与しない。
日本への影響はあるのか
🔵 まず押さえたいのは、今回の宣言に日本を直接名指しする内容はなく、短期的に生活へ即座に響く決定があったわけではない、という点だ。そのうえで、構造的な影響はいくつか読み取れる。
🔵 エネルギー価格——イラン戦争は原油・エネルギー市場を揺らしており、資源をほぼ輸入に頼る日本には価格上昇という形で波及しうる。BRICSが「エネルギーの供給網と海上輸送の安全」を重視した背景には、この供給不安がある。BRICSの動向は、間接的に日本の電気代やガソリン価格の前提条件を左右する。
🔵 ドル基軸と決済——BRICSはクロスボーダー決済や自国通貨・デジタル通貨での取引を議論した。ただし専門家は「ドルを置き換えるつもりはない」とみており、ロシアですら全面的な「脱ドル化」は追求していないと明言している。つまり、円やドルを含む既存の通貨体制が急変する話ではない。とはいえ、西側の制裁網の外側で回る決済ルートが少しずつ整えば、制裁を軸にした外交の効き目は長期的に薄まる可能性がある。
🔵 G7対グローバル・サウス——BRICSは主要7か国(G7)主導の秩序への対抗軸だ。日本はG7の一員として、新興国側の発言力が増すほど、相対的な影響力の調整を迫られる。加えてトランプ政権の関税はBRICS諸国だけでなく同盟国にも圧力をかけており、日本もこの「一方的措置」の時代の当事者である。BRICSの結束を過大にも過小にも評価せず、多極化する世界のなかで日本がどう立ち位置を取るかが問われている。
まとめ
🔵 第18回BRICSサミットは、加盟国が戦争で対立するなかで宣言をまとめた点で、インド外交の「勝利」ではあった。だがその中身は、誰も名指しせず、ウクライナには触れない「玉虫色」の妥協でもある。習主席は本人出席で健康不安説を実地で打ち消し、次期議長国としてAIなど5分野の協力を掲げた。BRICSは一枚岩の反西側同盟ではなく、「不一致を管理しながら実務協力を続けられるか」を試される段階に入っている。日本にとっては、エネルギー・決済・多極化という三つの補助線で、静かに、しかし確実に影響が及ぶテーマだ。