2026年7月13日/国際・食料安全保障
餓える世界 ― ホルムズ海峡が止めているのは、石油ではなく「肥料」だ
日本の報道が語らない、食卓に届くまで半年の時限爆弾
2026年7月12日、イラン政府はホルムズ海峡を「追って通知があるまで」封鎖すると宣言した。米軍はこれに対しイランへの攻撃を再開している。日本の報道は、いつも通り原油とナフサ(石油化学の基礎原料)とガソリン価格の話に終始している。
だが、この海峡を通っているのは石油だけではない。世界で海上輸送される肥料の、およそ3分の1が、この幅わずか33kmの水路を通過している。石油が止まれば、来月のガソリン代が上がる。肥料が止まれば、半年後から数年後にかけて、世界中の食卓から食べ物が消える。
この記事では、国連機関・世界銀行・WTO(世界貿易機関)・FAO(国連食糧農業機関)・IFPRI(国際食糧政策研究所)など、日本国外の公的機関と研究者が実際に何を発表しているのかを、一次資料に当たって整理する。そのうえで、エルニーニョという追い打ちを重ねたとき、「餓える世界」がどこまで現実的なのかを検証する。
■ 本記事の情報信頼度マーカー
🟢 複数の一次情報源で確認された事実 / 🟡 単一情報源・当局の主張・推計値 / 🔵 本記事による分析・見解
1. まず事実確認:7月12日、海峡は再び閉じた
2026年のホルムズ危機は、すでに「開いては閉じる」を繰り返している。時系列を整理しておく。
| 時期 | できごと |
| 2026年2月28日 | 🟢 米国・イスラエルによるイラン攻撃開始。海峡の通航が事実上停止。日次通航は103隻から1桁台へ(UNCTAD) |
| 3〜4月 | 🟢 尿素(ウレア)国際価格が1トン400ドル前後から850ドル超へ。世界銀行の肥料価格指数は2022年10月以来の高水準 |
| 6月17日 | 🟢 イスラマバード覚書(MOU)署名。60日間の交渉枠組みと無償通航条項。通航が部分再開 |
| 6月下旬 | 🟢 尿素価格が急落。米ニューオーリンズのバージ価格は6月22日時点で1ショートトン350ドル(ピーク782ドルの半値以下)。「海峡再開」を市場が織り込む |
| 6月25日〜7月8日 | 🟢 海峡通航中の商船への攻撃が再発。7月8日には3隻が攻撃を受ける |
| 2026年7月12日 | 🟢 イランがホルムズ海峡を「追って通知があるまで」封鎖すると宣言。米国はイラン攻撃を再開(Bloomberg) |
🔵 ここで注目すべきは、6月下旬に肥料市場が「終わった」と判断して一斉に売り、価格が半値以下に戻っていたという点である。つまり世界の農家も商社も、「もう大丈夫」という前提で秋の調達計画を組み直した直後に、再封鎖を食らったことになる。在庫は薄い。ヘッジ(価格変動リスク回避の建玉)も外されている。この「二度目」は、一度目より条件が悪い。
2. 数字で見る:ホルムズ海峡と世界の肥料
「肥料もちょっと影響がある」というレベルの話ではない。以下はすべて国際機関または業界プライスレポーティング機関(価格報道機関)の公表値である。
| 項目 | ホルムズ依存度 | 出所 |
| 海上輸送される肥料全体 | 約3分の1(年約1,600万トン) | 🟢 国連/FAO |
| 尿素(窒素肥料の代表)の世界輸出 | 湾岸地域が30〜35% | 🟢 FAO/Argus(34%) |
| アンモニア(尿素の原料)の世界輸出 | 20〜30% | 🟢 FAO |
| 硫黄(リン酸肥料の必須原料)の世界輸出 | 40〜50% | 🟡 IFPRI(40〜45%)/Argus(約50%) |
| 世界のリン酸供給 | サウジアラビア1国で約20% | 🟡 IFPRI |
| カタール・QAFCO(カフコ)1社 | 世界の尿素貿易の14% | 🟡 FAO |
| WTOの試算:影響を受けうる世界肥料貿易の上限 | 23.3% | 🟢 WTO事務局(2026年7月10日) |
IFPRIの推計では、2月末以降、湾岸諸国の肥料輸出のうち390万トンが停止した。これは同地域の年間肥料輸出量の約30%に相当する。
3. 見落とされている「硫黄」という急所
窒素肥料の話は、まだ日本でも少しは報じられる。しかし硫黄の話は、ほぼ誰もしていない。ここが最大の盲点だ。
🟢 硫黄は石油・天然ガス精製の副産物である。リン鉱石を植物が吸収できる形(リン酸)に変えるには硫酸が必要で、その硫酸は硫黄から作る。つまり「石油が止まる → 硫黄が出てこない → 硫酸が作れない → リン酸肥料が作れない」という連鎖が、湾岸の外側にある肥料工場にまで及ぶ。
🔵 これが本質だ。ホルムズ海峡が閉じると、湾岸の肥料が出てこないだけではない。湾岸と関係のない国の肥料工場も、原料が来ないので止まる。モロッコのリン鉱石は無事でも、硫酸がなければ肥料にならない。日本の報道が「日本の肥料の中東依存度は低いから大丈夫」と言うとき、この二次的な連鎖がまったく計算に入っていない。
🟢 実際、トルコは硫黄の輸出を一時禁止した。中国は尿素と硫酸の輸出規制を敷いた(その後、尿素はクオータ制で部分解除)。ロシアは肥料の輸出クオータを延長し、硝酸アンモニウムの輸出許可を停止した。WTOの集計では、これらの輸出規制だけで世界の肥料貿易の最大15%がカバーされる。
4. 石油には備蓄がある。肥料には、ない。
日本には石油備蓄がある。IEA(国際エネルギー機関)加盟国には協調放出の枠組みがある。ではーー
世界のどこに、戦略肥料備蓄があるか? 答えは「どこにもない」。
🟢 FAOは明言している。国際的な戦略肥料備蓄は存在せず、湾岸の輸出が失われれば、世界は即座に、代替のきかない肥料不足に直面すると。カーネギー国際平和財団も、G7諸国が石油備蓄に匹敵する肥料備蓄を持っていないことを指摘している。サウジが紅海経由で輸出するために建設したパイプラインは、石油用であってアンモニア用ではない。
🔵 さらに残酷な事実がある。カーネギーの指摘によれば、危険を冒してホルムズ海峡を突破する度胸のある船長は、肥料より石油を積みたがる。護衛にあたる海軍も同じだ。肥料は石油より単価が低いからである。つまり海峡が部分開放されても、限られた通航枠は石油に優先配分され、肥料は後回しにされる。
5. 世界の学者・研究者は何を警告しているか
「日本以外の学者は警告しているのか」ーー答えは、はっきりと、している。しかも複数の分野から。
| 研究者・機関 | 警告の内容 |
| マキシモ・トレロ FAOチーフエコノミスト |
🟢 世界経済フォーラム(WEF)に寄稿し、最大のリスクは「即時の食料不足」ではなく「将来の食料生産を削る連鎖的ショック(カスケード・ショック)」だと指摘。エネルギー価格高騰 → 物流混乱 → 肥料不足 → 収量低下 → 数か月遅れて食料価格高騰、という時間差の伝播を警告 |
| ロブ・ヴォス IFPRI上級研究員 |
🟢 「仮に今日(6月中旬)戦争が終わっても、肥料市場は2026年末まで正常化しない」。長期化シナリオでは危機は2028年まで続く。停止した肥料工場の再起動には5〜8週間、設備損傷があれば数年かかる |
| アダム・ハニエ ロンドン大学SOAS中東研究所長 |
🟢 世界の食料生産の半分は窒素肥料に依存している。湾岸君主国は今や世界有数の肥料輸出国であり、それが止まっている。気候危機・債務危機と重なり、グローバルサウスにとって「パーフェクト・ストーム」だと表現 |
| クリス・ローソン CRU(英調査会社)副社長 |
🟡 「世界の尿素貿易の30%が、イランとホルムズ制約下の国々から出ている。農家が必要な尿素を得られなければ、収量は必然的に下がる。ただし在庫の取り崩しがあるため、収量への影響が見えるのは年後半になる」 |
| WEFチーフエコノミスト調査 | 🟢 世界の主席エコノミストたちが、ホルムズ封鎖による食料生産の混乱に「重大な懸念(grave concerns)」を表明し、食料コストの劇的上昇を予想 |
🔵 つまり、警告は「発せられていない」のではない。日本語で流通していないだけだ。FAO、IFPRI、世界銀行、WTO、UNCTAD(国連貿易開発会議)、WEF、そして米イリノイ大学のfarmdoc dailyやノースダコタ州立大学の農業リスク政策センターまで、この3か月で相次いで分析を出している。
6. 公的機関はどう判断しているか
公的機関の評価は、実は一枚岩ではない。ここは正確に伝えたい。
■ 「まだ食料危機ではない」とする慎重派の見解
🟢 AMIS(農産物市場情報システム、G20主導の国際機関)は5月初旬時点で、「ホルムズ・ショックは食料安全保障の危機というより、農業経営の収益性に対する持続的な圧迫である」と評価した。理由は明快で、中東は穀物の主要輸出地域ではないため、直接の穀物不足は起きていない。FAO食料価格指数も、穀物については比較的安定して推移している。
🟡 投資運用会社Ninety Oneのアナリストも、「仮に今年の農業収量が5%落ちたとしても、飢餓には至らないだろう。ただし確実に食料インフレーション(物価上昇)は起きる」と述べている。
■ それでもFAO・WFPが鳴らす警鐘
🟢 FAOとWFP(国連世界食糧計画)は2026年6月、「ハンガー・ホットスポット」報告書(2026年6〜11月見通し)を公表した。内容は極めて重い。
| 項目 | 内容 |
| 飢餓ホットスポット | 🟢 13の国・地域。最高懸念レベルはスーダン、南スーダン、イエメン、パレスチナ、ナイジェリア、ソマリア |
| 飢饉(ききん)リスク | 🟢 スーダン、南スーダン、ガザ地区、ソマリアの4か所で確認 |
| スーダン | 🟢 1,950万人(人口の41%)が深刻な食料不安。IPC(統合的食料安全保障レベル分類)フェーズ5「大惨事」の人口は6〜9月に20万人へ増加見込み |
| 南スーダン | 🟢 780万人(人口の55%)。うち7万3千人がフェーズ5 |
| イエメン | 🟢 1,830万人。人口の半分以上 |
| 人道支援資金 | 🟢 危機下の食料支援資金は2022年比で59%減少。2026年6月時点で、最優先とされた食料安全保障の必要資金の約3分の1しか満たされていない |
🟢 WFPのジャン=マルタン・バウアー氏は、中東紛争が市場と人道アクセスをさらに混乱させうると述べ、エルニーニョ発生の可能性が、すでに脆弱な地域に干ばつと洪水をもたらす気候リスクにも言及している。FAOとWFPは「広範な死と生計の完全な崩壊を防ぐための窓は、狭まりつつある」と表現した。
🟢 なお、GNAFC(食料危機対策グローバルネットワーク)の2026年報告書によれば、2025年時点ですでに約3億人が深刻な食料不安に直面し、食料支援を必要としていた。この数字は、肥料危機が本格的に効き始める前の数字である。
7. エルニーニョという追い打ち
🟢 WMO(世界気象機関)は、2026年半ばからのエルニーニョ発生を予測している。5月中旬時点で赤道太平洋中東部の海面水温偏差はプラス0.8〜0.9度に達し、その下には平年より6度以上高い深層の暖水プールが控えている。ピークは年末年始ごろと見られる。
🟢 「スーパーエルニーニョ」はWMOの用語ではない。WMOは「弱い/中程度/強い/非常に強い」の4分類しか使わず、「スーパー」「ゴジラ」といった呼称はメディア用語である。この点は正確に押さえておきたい。ただしWMO自身が、「気候変動はエルニーニョの頻度や強度を増やす証拠はないが、温暖化した海洋と大気がエルニーニョに伴う影響を増幅しうる」と明言している。
予想される農業への影響(WMO、EU共同研究センターASAP、FEWS NET等の集約):
| 地域 | 見通し |
| 南アジア | 🟡 モンスーンが平年を下回る見込み。コメへの影響 |
| 西アフリカ・サヘル/東アフリカ | 🟡 6〜8月に平年より乾燥。西アフリカ・モンスーンの抑制 |
| 南部アフリカ | 🟡 次の夏作期に高温・干ばつストレスの高リスク |
| 中米・カリブ | 🟡 高温・乾燥でトウモロコシとコメの播種・初期生育に脅威 |
| オーストラリア・インドネシア | 🟡 干ばつ・山火事リスク増大 |
| 南米(ブラジル等) | 🟡 大豆生産にはむしろ追い風となる可能性(湿潤化) |
🔵 ここに、この記事の核心がある。
エルニーニョで最も干ばつリスクが高まる地域(サヘル、東アフリカ、南部アフリカ、南アジア)は、肥料の湾岸依存度が最も高い地域と、ほぼ完全に重なっている。IFPRIによれば、サブサハラ・アフリカの肥料供給の3分の1が湾岸から来る。インドはアンモニア輸入の約4分の3を湾岸に依存する。
つまりこれらの地域は、「肥料が買えない」と「雨が降らない」を同時に食らう。どちらか一方なら耐えられる。両方は耐えられない。しかも、それを支えるはずの人道支援予算は2022年比で6割減っている。
8. 日本は「中東依存が低いから安心」なのか
農林水産省と日本の農業メディアは、正しく次のように説明している。日本の肥料三原料の主要輸入先は、中東ではない。
| 原料 | 主要輸入先 | 国内自給 |
| 尿素(窒素) | 🟢 マレーシアが7割超 | ほぼ全量を輸入 |
| リン安(リン酸) | 🟢 中国が7割超 | ほぼ全量を輸入 |
| 塩化加里(カリ) | 🟢 カナダが8割弱 | ほぼ全量を輸入 |
🔵 だが「中東依存が低い」は、安全を意味しない。三つの理由がある。
理由1:買い負ける。🟢 日本農業新聞が的確に指摘している通り、中東から買っていた国々が一斉に調達先を切り替えれば、マレーシア、中国、カナダをめぐる争奪戦が激化する。需給逼迫の影響は避けられない。日本の弱点は「中東依存」ではなく「買い負けする経済力」だ。円安がこれに乗る。
理由2:数字はすでに動いている。🟢 2026年3月の尿素輸入通関価格は1トンあたり9万3,100円で、イラン攻撃前の2月比で約2割上昇。4月時点でも17%高。農水省は「中東情勢の影響が反映されている」と認めている。5月1日には鈴木農相がマレーシア国営企業幹部と会談し、契約期間の長期化で合意した。政府が動いている時点で、それは「影響がない」状態ではない。
理由3:日本は「食料」も輸入している。🔵 日本の食料自給率はカロリーベースで約38%。残り6割超を輸入している。その輸入元の国々が、肥料不足で減産する。日本の肥料が確保できても、輸入する小麦・トウモロコシ・大豆・飼料の生産国が減産すれば、日本の食卓は直撃を受ける。しかも国内の畜産・酪農は輸入飼料に依存している。「日本の肥料は中東依存が低い」という説明は、問いの立て方そのものが間違っている。
9. いつ、何が起きるのか ― 時限爆弾のタイマー
肥料危機の恐ろしさは、影響が見えるまでに時間がかかることにある。IFPRIの分析から、伝播の時間軸を再構成する。
| 時期 | 起きること |
| 2026年7〜8月 | 🔵 再封鎖で尿素・リン酸・硫黄価格が再上昇。ブラジルの秋播き(9月開始)調達窓口を直撃。ブラジルは尿素をほぼ全量輸入し、うち最大4割がホルムズ経由。必要量の3割しか確保できていない |
| 2026年9〜12月 | 🟡 北半球の秋施肥、インドのラビ(冬作)シーズンで肥料不足が顕在化。エルニーニョがピークへ。農家が施肥量を減らす判断を始める |
| 2027年前半 | 🔵 減肥した作付けの収穫が出てくる。ここで初めて「収量減」が数字になる。穀物価格が動き始める |
| 2027〜2028年 | 🟡 IFPRIの悲観シナリオでは、肥料危機は2028年まで継続。日本の食卓に影響が出るのはこの段階(先進国では農業コストの最終価格への転嫁に3〜6か月、その後12〜18か月持続) |
🔵 この時間差こそが、政治とメディアが肥料を語らない理由でもある。ガソリン価格は明日上がるから叩かれる。肥料不足は2年後に効くから、今日の政局にならない。だが2年後に慌てても、失われた収穫は戻らない。
10. 「餓える世界」は来るのか ― 冷静な結論
煽らずに書く。IFPRIのロブ・ヴォスの結論が、最もバランスが取れている。
🟢 交渉が失敗しイラン戦争が長期化すれば、世界的な食料価格危機はなお起こりうる。しかし数週間以内に敵対行為が終わり、ホルムズ海峡の物流が自由に戻るなら、「全員にとっての世界食料危機」は起きにくい。
ただし、貧しい世帯にとっては、危機はすでに購買力と食料アクセスを侵食している。農家は資材が買えず、すでに深刻な食料不安に直面する数億人への人道支援も弱まっている。(要旨)
🟢 数字が示す不均衡は残酷だ。低所得国の世帯は所得の約50%を食費に使う。食料価格が10%上がれば、可処分所得が5%消える。高所得国の世帯にとっては軽い痛みだが、彼らにとっては生存の問題だ。さらに低所得の食料輸入国は「ドル・ダブルパンチ」に襲われる。国際商品価格がドル建てで上がるうえ、地政学的不安がドル高を招き、自国通貨に換算した輸入コストがさらに膨らむ。
🟢 消費者物価への影響もすでに出ている。紛争開始以降、高所得国のCPI(消費者物価指数)は約2.5%上昇(年率約4.2%)。中低所得国では約3.6%上昇し、2026年4月時点で年率平均7.8%に達した。
🔵 結論:世界が一斉に餓えるのではない。「餓えられる側」だけが、静かに餓える。
これが最も正確な予測である。スーダンの1,950万人、南スーダンの780万人、イエメンの1,830万人ーー彼らはニュースにならないまま、肥料価格とエルニーニョと人道支援の6割減という三重苦の中で死んでいく。日本の食卓には「値上げ」として届く。ネパールやハイチには「飢饉」として届く。同じ一つの海峡から始まった、同じ一つの連鎖の、違う出口である。
🔵 そして2021年のスリランカの教訓を思い出したい。化学肥料を禁止した結果、農業が崩壊し、政権も崩壊し、大統領は国外に逃亡した。あのとき、スリランカにはまだ外国からの援助という受け皿があった。2026年、米国国際開発庁(USAID)は閉鎖され、人道支援資金は2022年比で59%減っている。今回、受け皿はない。
11. 各国は何をしているか、日本は何をしていないか
| 国・地域 | 対応 |
| EU | 🟢 「肥料行動計画(Fertiliser Action Plan)」を策定。域内生産の増強、肥料効率的な農法の推進、農家への的を絞った財政支援 |
| 米国 | 🟢 農務省が国内肥料生産の増強策を実施。化学肥料依存を減らす営農支援プログラムを復活 |
| 中国 | 🟢 尿素・硫酸の輸出規制 → 5月末に尿素輸出禁止をクオータ制で部分解除。自国農家を守るのが最優先 |
| インド | 🟢 巨額の肥料補助金(年約320億ドル規模)で農家を国際価格から遮断。ただしIFPRIは補助金が世界価格をさらに押し上げると指摘 |
| 日本 | 🟢 マレーシアとの尿素長期契約(5月)、肥料価格動向調査の継続、家畜ふん堆肥・下水汚泥の国内資源活用(2030年までにリンベースで25%→40%)。🔵 ただし「肥料」を国家安全保障の議題として扱う政治的言説は、ほぼ存在しない |
🔵 忖度なしに書く。日本の国会でも報道番組でも、この夏に議論されているのはガソリン税とナフサと電気代である。肥料は「農業の話」として農政の隅に押し込まれ、食料安全保障の中核として語られていない。
だが、石油が止まって死ぬ人はほとんどいない。肥料が止まると、人は死ぬ。その順番を間違えている国は、危機が来たときに何も準備できていない国である。
12. まとめ ― 私たちが見ておくべき指標
| 監視すべき指標 | 意味 |
| 尿素FOB(本船渡し)価格(中東・エジプト) | 600ドル/トンを再び超えるかが第一の警戒線 |
| 硫黄価格 | 1月比ですでに倍増。リン酸肥料の先行指標 |
| 肥料/穀物 価格比(AMIS指標) | 上昇=農家が施肥を減らす=翌年の収量が落ちる |
| ブラジルの尿素調達率 | 9月作付けまでに何%確保できるか。世界の大豆・トウモロコシ供給に直結 |
| ホルムズ海峡の日次通航隻数 | 戦前は約130隻/日。ここに戻らない限り「正常化」ではない |
| WMOのENSO(エルニーニョ・南方振動)更新 | 「強い」以上に分類されるかが分岐点 |
世界は今、「石油危機」の顔をした「食料危機」を見ている。原油価格の下落を「正常化」と読み違えてはいけない。肥料は石油より安く、優先度が低く、備蓄がなく、そして効いてくるのが遅い。
2026年7月12日にホルムズ海峡が再び閉じたとき、止まったのはタンカーだけではない。2027年の、世界のどこかの食卓が止まったのである。
■ 主な情報源(すべて一次資料・国際機関発表)
FAO「Global Agrifood Implications of the 2026 Conflict in the Middle East」/FAO・WFP「Hunger Hotspots(2026年6〜11月見通し)」/IFPRI(Rob Vos, 2026年7月2日/Hebebrand et al.)/世界銀行「Commodity Markets Outlook」2026年4月版・肥料価格指数/WTO事務局データブログ(2026年7月10日)/UNCTAD「From gas to grain」/AMIS「Hormuz shock: global and regional impacts on fertilizer markets」/WMO「Global Seasonal Climate Update」/世界経済フォーラム(Máximo Torero寄稿)/カーネギー国際平和財団/CNBC・Bloomberg・Reuters/farmdoc daily(イリノイ大学)/ノースダコタ州立大学 農業リスク政策センター/農林水産省「肥料をめぐる情勢」令和8年4月版/日本農業新聞/NHK
※本記事は2026年7月13日時点で公開されている情報に基づく。情勢は流動的であり、各国政府・国際機関の追加発表により変更される可能性がある。価格・数量に関する記述は投資判断・取引判断を代替するものではない。