新宿の恋 第7話「飲み会」〜太陽の匂いがする女
この物語は、自分が20歳のとき、父親の死によって始まった、ドラマのような2年間のお話です。
実際にあった出来事に、多少の演出とエロチックな要素を加味したもので、フィクションはあるものの、実体験した奇妙な物語です。夜の歌舞伎町で大人の世界に足を踏み入れたタツヤだが、大学では考古学を学ぶ一人の学生に過ぎない。教授の飲み会に珍しく顔を出した夜、太陽のように明るいナツコ、気の合う友人ユウスケとの再会が、閉じかけていた「昼の世界」の扉をふたたび開く。恩師からの奨学金の提案、夏の軽井沢への誘い──物語は新たな季節へと動き出す。
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太陽の匂いがする女
新宿のバーでバイトをし、大学に通い、アパートに帰る。
その繰り返しが続いていた。
大学にはあまり友人がいなかった。深夜バイトのせいで講義は辛かったが、講義そのものは好きだった。専攻は考古学。就職には不利だとわかっていたが、大学の4年間くらいは好きなことを勉強したいと考えていた。
基礎講義の2年が終わり、専門講義の2年が始まっていた。歴史考古学の教室は女子が多い。大学を就職予備校と考えている連中は経済学などを専攻するので、会社では役に立たない歴史考古学に女性が多くなるのも納得できる。
これまでバーのバイトがあるため飲み会には行かなかったが、教授が来るということでバイトを休んで出席することにした。
飲み会は渋谷の居酒屋だった。
「神原さんが飲み会に来るなんて珍しい」
同じ教室のナツコが声をかけてきた。ボーイッシュで背も高く、名前が示すような明るい性格の女の子だ。親戚が経営する海の家でバイトをしているらしく、日焼けした肌がツヤツヤとしていた。
「いつも断ってるからな。たまには顔出さないと忘れられる」
ナツコは試験前にノートを貸してくれる、大学の生命線のような存在だった。
「神原さん、バーでバイトしてると聞いたけど?」
「あれ? よく知ってるね」
「教室のみんなが話してるよ。急に大人の男っぽくなったって」
「夜のバイトで大人の接客してるからね」
ナツコは「夜のバイト」という言葉に反応した。大きなひとみがキラキラと輝く。
「今度、お店に行っていい?」
「学生が来るところじゃないよ。夜の歌舞伎町はかなり危ないし」
昭和の夜の歌舞伎町は、今のように若い人が安心して遊べる場所ではなかった。ヤバい雰囲気が漂っていた。
「ええ、ツマンナイ。じゃあ昼にデートしよ」
積極的なナツコだ。
「海行こうよ、海」
大学の講義以外は夜の新宿しか知らない生活が続いていたので、きっと太陽がまぶしいだろうな、と思った。ナツコならば、怪しい関係にはならないだろう。
「いいよ。臨時収入が入ったから、遊びに行けるよ」
「楽しみ。昼の世界に連れ戻してあげる」
どこまでも明るいナツコであった。
「おおい、神原。教授が呼んでるよ」
遠くからの声に、斉木教授の席に向かう。
「先生、ご無沙汰しております」
「神原くん。バイトで大変なのにきちんと講義に出てるね。身体は大丈夫かな」
斉木教授は考古学会の重鎮で、多くの書籍を残している人物だ。しかし気さくな感じで、学生にもよく声をかけてくれる。
「バイト先の人も事情を知ってくれているので、助けてもらってます」
自分は子供の頃から本ばかり読んでいた。そんな自分に親父は科学雑誌を買い与えてくれ、小学生になる頃には太陽系や地球の構造、歴史、宇宙などの知識をスポンジのように吸収していた。やがて歴史に興味を持ち、その中で斉木教授のことを知り、考古学を知ってこの大学を目指したのだ。
「授業料なら、君なら特別奨学金ももらえるかもしれないから、申し込んだほうがいい。私が学校に推薦するよ」
教授は、父親を失って金銭に困っているのを知っていた。
「先生、ありがとうございます。ちょっと考えます」
「君は学業の成績もいいし、考古学への情熱もある。もっと実際に発掘現場で経験を積んで欲しいな」
ありがたい話だった。
教授と話が終わると、ナツコが近づいてきた。
「神原さん、最近クラスの女子から噂されてるよ」
好奇心旺盛なナツコは楽しそうだ。
「なんて言ってるの?」
「なんか、ヤバい仕事してるんじゃないかって」
へへっ、とナツコが笑う。
「ヤバいってどんな仕事?」
「ホストとか?」
20歳の女子大生の考えることは、今とはかなり違っている。
「それはないわ。バーの下働きだよ」
ウソは言っていない。
「何だよ、お前ら付き合ってんのか?」
クラスで唯一の友人とも言えるユウスケが割り込んできた。
「コイツさぁ、俺にもバイト先教えねぇんだよ」
ユウスケは、大学でたまたま席が隣だったことで話すようになった。お互い深く詮索しないところがいい感じだ。
「深夜の歌舞伎町は危険だからな。それに学生が来るところじゃないから」
バーの顧客は、訳あり常連と水商売、やばい系の人達がほとんどだ。しかし、自分に対してはやさしく接してくれる人が多い。おそらくマスターが睨みを利かしているからだと思う。
「まぁやばいとこには近づかないのが一番だよな」
ユウスケが笑う。-
軽井沢
「ところで、夏休み実家帰るのか?」
実家は母親と兄夫婦がいるが、兄とは親父が死んだとき揉めた。帰りたくない。
「墓参りには帰るけど、すぐ戻って来るよ。バイトもあるし」
「休み取れたら、軽井沢に遊びにいかないか?」
ユウスケの親御さんの知り合いがペンションを経営していて、空いているならば泊まれるらしい。令和の時代と違い、軽井沢といえば『軽井沢シンドローム』なんてコミックがあるぐらい人気スポットだった。
「マスターに聞いてみるよ。たまには学生らしいことしてみたい」
歌舞伎町のバーでバイトをはじめた頃は、童貞で世間知らずの、田舎から出てきたただの学生だった。縁あってレイコと出会い、サトミ、ヨウコと3人の女性と関係を重ねることになり、特にレイコは自分に性技を教えてくれている。ヨウコは初めての男となったが、一夜限りの関係で、訳ありの「誰かの依頼で仕事として謝礼をもらうセックス」だった。
たった数ヶ月だけど、年上のレイコから性技を習い、新宿のバーというある意味魔界で仕事をしている。同世代の学生からすると、すでに世界が違って見えていた。同じ考古学教室で学ぶ同世代の学生とは、雰囲気が違うのは当たり前だろう。
「神原さんが行くなら私も行く」
酔っ払ったナツコが、自分に身体を寄せて呟く。
「俺も彼女連れて行くから、二組で行こう」
ユウスケは酔っ払ったナツコと自分を見ながら、ニヤニヤと笑った。
「クルマはどうするか?」
とユウスケ
「ちょっとアテがあるので聞いてみるよ。運転は俺がやるよ」
「そうか。俺ペーパーなんで助かるわ」
ユウスケは安心したように、
「詳しくはまた話そう」と別のテーブルに去っていった。
ナツコは自分の肩でスヤスヤと眠っている。
ナツコ、そして運命の女性・リョウコとの出会いが、静かに近づいていた。
次回予告
久しぶりに大学のクラスでの飲み会に参加し、馬鹿みたいに騒ぎ、酒をしこたま飲んだタツヤは、リョウコを家まで送ることになったのだが……
次回【新宿の恋】第8話 お楽しみに