この物語は、自分が20歳のとき、父親の死によって学費を捻出するために新宿のバーでバイトしたときから始まります。
バーで出会った謎の女性レイコをきっかけに多くの女性と関わるようになることで大人へと成長するというお話です。実際にあった出来事に多少の演出とエロチックな要素を加味したもので、半分ドキュメンタリー、半分フィクションの奇妙な物語となっています。
最後まで読んでいただけたら幸いです。
これまでのお話
新宿のバーでバイトをはじめた自分(神原タツヤ)は、バーで出会ったレイコという年上の女性と初めての体験を経験。彼女の手ほどきで女性に対しての自信を付けた頃、サトミというペンフレンドと出会い、バイト先のマスターから頼まれてヨウコと関係を持つ。その後、同じ教室のリョウコと悲しくも狂おしい一夜を共にする。
待ち合わせ
考古学の教室の飲み会で友人のユウスケと計画した軽井沢旅行の日がやってきた。
旅行に行くのは、自分とユウスケ、同じクラスのミキ、そしてナツコの4人。
前日にレイコの家に行き、黄色のRENAULTを借りてアパートの近くの駐車場に停めておいた。
目立つ車なので、監視員がいる有料駐車場で預かってもらうことにした。
助手席には、2泊の予定なのでTシャツと下着の替えを詰め込んだスポーツバッグが転がっている。
爆音をさせないように注意深くアクセルをコントロールして、待ち合わせの品川駅のロータリーに向かう。
品川のロータリーは、通勤前ということもあってまだそれほどクルマも多くなかった。
バスの邪魔にならないようにクルマをロータリーに停める。
クルマの色をユウスケに伝えてあるのですぐわかると思っていたが、3人はクルマの横を通り過ぎる。
「おいおい、ここだよ」
と声をかけると、驚いたように3人が振り向いた。
左ハンドルでカナリアイエローの小型ハッチバック――まさか、こんなクルマで来るとは予想できなかっただろう。
「お前、すごいクルマ持ってきたな。外車だろ、これ」
「神原くん、おはよう」
ショートカットの髪と日焼けしたナツコ。真っ白なTシャツとショートパンツがアクティブな彼女らしい。
「おはよう」
長い黒髪で白いワンピースのミキ。アクティブなナツコと対照的なお嬢様風な感じだ。
「さあ、行こうぜ。少し狭いけど、我慢して」
ユウスケが助手席に、ナツコとミキが後席に乗り込む。荷物は、ハッチバックの狭い荷室に押し込んだ。
「地図渡すから、道案内頼む」
昭和の時代、カーナビなどないのでドライバーは、初めて行く道は大まかなルートを頭に叩き込むことが必要だった。
山手通りから、できたばかりの関越自動車道に乗る。
高速に乗ると気持ちよく突っ走る。
小さなクルマだが、エンジンは車体に似つかわしくない暴力的なパワーを持っていた。
ドライブ
「神原くん、運転上手い」
と後席から楽しそうな声が飛んできた。
「こんなクルマ、どこで借りてきたんだ」
とユウスケが、驚いた顔をしている。
レイコとの関係を話すわけにもいかないので、バーのお客から借りたと話したけど、信じているかどうかはわからない。
このクルマには冷房などない。
でも窓を開ければなんとかなるし、そもそもエアコンのあるクルマなどあまりなかった時代だ。
高速は快適だった。
軽い車重の割に余裕のあるパワーなので、トラックの間を縫いながら爆走する。
外車などあまり走っていない時代、ましてやハッチバックでカナリアイエローのクルマはかなり目立つ。
サービスエリアでトイレ休憩。
ナツコとミキは楽しそうにドライブを満喫しているようで、心配していた車酔いなどないらしい。
アイスクリームを買ってくると言って、楽しそうに降りていった。
一方、ユウスケはあまりクルマに慣れていないのか、ぐったりとしている。
「おい、大丈夫か?」
クルマから降りて日陰で休むことを勧めた。
「目の前にクルマが迫ってくるんで疲れたよ」
「乗り心地があまりよくないからな。すまない」
(ベンツを借りてくれば良かったかな……)
と思ったけど、20歳そこそこの学生がベンツに乗るのは怪しすぎる。
ナツコとミキが、ソフトクリームを買って戻ってきた。
「ご苦労様、ドライバーさん」
と言って、ソフトクリームを渡される。
ミキはユウスケのことが心配そうだ。
「ユウスケ、ここからは後席に乗った方がいいな」
と声をかけると、
「じゃあ、私が助手席に乗る」
とナツコが乗り込んでくる。
ショートパンツから伸びている細い脚がまぶしい。
あまりクルマがない高速を気持ちよく走る。
「ナツコさん、怖くない?」
と後席のミキ。
「全然。楽しいよ、ジェットコースターみたい」
ナツコは楽しそうだ。
後席では、ぐったりしているユウスケの手をミキが握っていた。
軽井沢
何度かサービスエリアで休憩しながら高速を降り、軽井沢に入る。
軽井沢の街に入るまで渋滞などなかったが、軽井沢の看板が見えてくる頃になると渋滞に巻き込まれる。
周りのクルマは高級車ばかり、やたらとBMWが目立つ。
軽井沢ブームまっただ中。
「軽井沢シンドローム」なんてマンガが流行っていたのも、ちょうどこの頃だ。
ユウスケの道案内で、北欧の建物のようなペンションに到着。
ペンションの経営者らしき夫婦が出迎えてくれる。
ジーンズと白いTシャツの主人は、
「すごい、はじめて見たよ。RENAULTだろ、アルピーヌ・ターボかな?」
と言って、クルマの前をぐるぐると回っている。
「あとで乗らせてもらっていい? 助手席でかまわないから」
「ええ、いいですよ。なんだったら運転されても」
ペンションは、この当時の軽井沢で流行っていた洋風の造りだった。
バブルな街「軽井沢」――金持ちの子息や気取った若夫婦がこぞって集まっている。
部屋は二部屋。一応、男子と女子で分かれる。
都会の喧騒から逃れてのんびり過ごしたいだけでここまでやってきた。
でも、涼しい。
エアコンの普及率は、今と比べ物にならないくらい少なかった。
夕食まで時間があったので、「白糸の滝」までドライブに行くことにした。
当時から有名な観光スポットで、駐車場も混んでいた。
驚いたのはその料金だ。
「おいおい、東京より高くねえか」
東京の駐車場並みの値段だった。
「白糸の滝」は綺麗だけど、人の多さに辟易とする。
次に通称・軽井沢銀座に向かう。
「これって、原宿?」
原宿竹下通りをそのまま移転してきたようなタレントショップが並び、流行りのトレーナーばかりが目立つ。
都会の真似をして、いったい何がいいんだろう。
峠ドライブ
ユウスケはクルマに弱いようで、部屋で休んでいる。
女性二人は、隣接するテニスコートに出かけて行った。
自分は何もすることがないので、屋外の日陰で本を読んでいた。
ペンションのご主人が近寄ってきて話しかけてきた。
「RENAULTは、ご自分のクルマですか?」
「まさか、借り物ですよ。あんな高いクルマ、学生が買えるわけないですよ」
「見せていただいてよろしいですか?」
ご主人は運転席、エンジンルーム、車体の下などを丹念に覗き込む。
「少し、走りますか?」
自分が運転席に乗り込むと、ご主人は楽しそうに助手席に乗ってきた。
エンジンキーを捻ると、水冷直列4気筒OHVが吠える。
ハンドルに響く振動が最近のクルマとは違い、エンジンの鼓動が直に伝わってくる。
「では、いきますよ」
少し強めにアクセルを開けてクラッチを繋ぐ。車両重量850kgしかないRENAULTは、かっ飛ぶように加速した。
「おおお、すごい加速だ」
「このあたりに峠道はありますか?」
と聞くと、ご主人が道案内をしてくれた。
「運転上手いね」
と褒められる。
「そうですか? 田舎でちょっとやんちゃしてたからかな……」
と笑って返す。
RENAULTは軽快に山道を駆け上がり、頂上の駐車場に到着。
レイコのクルマということと、初めての道なので安全係数を十分に取ってドライブしたのだが、当時の国産車と違うクイックなハンドルレスポンスとドッカンターボの加速を十分に楽しんだ。
駐車場には、BMWが数台停まっていてクルマについて話しかけられた。
20そこそこの小僧が乗るクルマではないのは明らかだけど、あなたたちが乗っているBMWだって身の丈に合っているかどうか怪しいものだ。
帰りにご主人に「運転どうぞ」と言ったのだが、
「いやあ、乗るだけで十分。運転は怖いから」
帰りはのんびり走った。流石に、初めての峠の下りは怖い。
ペンションに着くと、クルマのエンジン音に気がついたのか、ナツコとミキが駆け寄ってきた。
キス
「テニス楽しかった?」
と聞くと、
「ナンパ野郎がしつこいので、テニス楽しめなかった」
とナツコ。
「本当にしつこい。"教えてやる"とか"どこに泊まってるの?"とか、振り切るのが大変だった」
とミキ。
「俺たちが付いていけばよかったかな」
と言うと、
「そうそう、虫よけに来てくれればよかったのに」
と笑った。
「ユウスケの具合はどう?」
ミキが心配そうに聞く。
「疲れたのか眠ってるわ。クルマに弱かったのかな」
と答えた。
軽井沢はナンパが多いとは聞いていたけど、どうやら本当だったらしい。
町もミニ原宿だし、クルマも混んでいるし、東京を劣化コピーしたような街は、あまり魅力的には映らなかった。
シャワーを浴びてイタリアンな夕食。気取らず、楽しく食べることができた。
ワインも美味しかった。
ユウスケもしっかり睡眠をとったことで元気を取り戻している。
夕食後にペンションの庭で花火をしたり、くだらない話でバカ笑いして過ごす。
屋外で飲むビールも美味かった。
そして何より、星が綺麗だった。
満天の星空に、少しロマンチックな気分になる。
ユウスケはミキと二人で部屋に帰っていった。
あの二人は付き合っているんだろうな、と思いながら、ナツコと二人で夜空を見上げている。
「神原くん、キスしようか?」
「えっ? 俺でいいの?」
「余計なことは言わないの。ロマンチックな気分なんだから」
と突然、ナツコが顔を近づけてきた。
ナツコと唇を合わせる。
触れるか触れないかというキスだけど、ナツコの心臓の音が聞こえてくるように緊張しているのがわかる。
「神原くんと、キスしちゃった」
「はじめてのキスなんだから、感謝しなさいよ」
と照れ隠しに微笑んでいる。
「そうか、大事なものもらっちゃったね」
「神原くん、余裕ありすぎ」
「この女たらし」
と口を尖らせている。
あっ……ナツコ、愛おしいな。
と気づき始めていた。
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予告
初めてのキスを交わしたナツコと二人で部屋に戻ろうとしたら、あの声が部屋の中から聞こえてくる……。
次回 【新宿の恋】第11話「体験」
お楽しみに