「米国に逆らうな」
1992年にリークされた米国の極秘防衛指針には、同盟国である日本・ドイツの「独自行動」を抑制せよ、という趣旨の文章が含まれていたとの指摘があります。あれから三十年以上が経ち、ドイツ国内では極右政党 AfD が劇的な躍進を遂げ、EUでも右傾化の波がじわりと広がっています。
この歴史の繋がりをたどりながら、米国の戦略視点とヨーロッパ政治潮流、そして日本がとるべき立ち位置について見ていきましょう。
目次
1992年防衛計画指針 (Defense Planning Guidance) の核心と論点
草案と公開
-
1992年 2月に米国防政策担当副長官ポール・ウォルフォウィッツらが起草した文書案(DPG)が米紙にリークされ話題になりました。草案は機密文書であり、後に改訂されて正式版が 4 月に公開された文書には当初の過激案が緩和された形で含まれました。
National Archives+3Texas National Security Review+3National Security Archive+3 -
この草案は「Wolfowitz Doctrine(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)」と呼ばれ、アメリカが冷戦後、唯一超大国として覇権を維持すべきという思想的方向性を示したものとされています。
National Archives+3ウィキペディア+3Texas National Security Review+3Defense Planning: Guidance FY 1994-1999 April 16, 1992
https://www.archives.gov/files/declassification/iscap/pdf/2008-003-docs1-12.pdf
同盟国の“自立抑制”の文言
-
リークされた草案文中には、以下のような文言が含まれていました:
“We must prevent the emergence of any potential future global competitor.”
“Japan and Germany must be kept dependent on United States equipment, strategy, and doctrine.” Texas National Security Review+3National Archives+3National Archives+3 -
この記述は、冷戦後の米国戦略の中で、元西側主要国である日本・ドイツが独自の軍事・外交路線に走ることを許さず、米国の軍事技術・作戦運用能力に従属させたい意図を示唆するものと解釈されてきました。
Texas National Security Review+3cornell.universitypressscholarship.com+3National Archives+3 -
ただし、公式版(改訂版)ではそうした露骨な抑制文言は削除・婉曲化され、草案の過激性は和らげられています。
Texas National Security Review+3National Archives+3National Archives+3
背後戦略の文脈
-
この文書は、冷戦終結後の米国戦略を再定義する狙いの一環で、アメリカのリーダーシップを維持しつつ、他国の「追随型」連携関係を構築するという視点を提示していました。 National Archives+3Texas National Security Review+3National Archives+3
-
例えば、“地域防衛・平和の民主圏 (democratic zone of peace)” 構想を通じ、NATO や日米同盟網・西欧同盟間を一体化させながら米国主導を守る設計思想が、この指針の裏にあったとされます。
cornell.universitypressscholarship.com+2Texas National Security Review+2
解釈上の注意点
-
草案は機密レベルであり、最終版は多くの修正がなされています。草案段階の表現をそのまま現代政策に重ねるのは慎重さが必要です。
-
「日本・ドイツを依存させよ」という文言が真に実行されたわけではなく、外交・安全保障の実際の展開には様々な要因が絡んでいます。
-
しかし、この草案は冷戦後米国が描いた“覇権維持の方向性”を象徴する文書として、現代の国際関係論でたびたび引き合いに出されます。
ドイツ:AfD の急躍進と国内政治の変質
AfD(Alternative für Deutschland)の現状
-
2025年2月の連邦選挙で、AfD は得票率を 20.8% に拡大し、議席数・影響力を大きく伸ばしました。これにより、議会内最大野党に躍進
Al Jazeera+1 -
国内治安機関(Bundesamt für Verfassungsschutz: BfV)は、AfD を「極右組織 (extremist)」として分類し、監視強化を決定しました。AfD はこれを批判し反発
Reuters+1 -
AfD は移民反対、EU 懐疑主義、主権強化、社会秩序強化を政策軸にしており、特に旧東ドイツ地域で強い支持を得ています。
Wilson Center+2Al Jazeera+2 -
ただし AfD は政府形成には参加しづらく、他党との「壁 (firewall)」があるため、直接政権を取るにはハードルが高いとの見方もあります。
エコノミスト+2Wilson Center+2
右傾化の連鎖と EU 影響
-
AfD は EU 議会内でも右派グループを結成し、他国の反移民・主権志向政党と連携を強めています。
ガーディアン+2ウィキペディア+2 -
ドイツ政治の不安定化、移民・文化摩擦、経済不満の拡大が、右傾化・ポピュリズムの波を後押ししていると分析されます。
theloop.ecpr.eu+2Al Jazeera+2 -
ヨーロッパ域内でも、ハンガリー、ポーランド、イタリアなどで右派姿勢が強まっており、EU 全体の政策軸や統合理念に問いを投げかけています。
フィナンシャル・タイムズ+2ウォール・ストリート・ジャーナル+2
草案と現代の接点:かつての戦略の“残響”か?
草案の「日本・ドイツを従属させよ」という方向性は、必ずしも現在の政策にそのまま残っているわけではありません。ただし、以下のような接点や影響は見られます。
-
NATO・日米同盟などの安全保障体制では、米国主導の指揮系統・装備供給依存性が今も強く残っています。
-
ドイツの軍備拡張・欧州防衛自立を唱える勢力が増える中、米国との関係を再交渉する動きも出ています。
-
ポスト冷戦以降も、軍事技術システム、情報技術共有、同盟義務などにおいて、主要同盟国が米国の影響下にあるという構造は解消されていない側面があります。
-
AfD や EU 内の右傾化は、「国家主権復権」「米国覇権離脱」への反発潮流を含んでおり、かつての抑制構図への逆流を示すとも読み取れます。
日本との関係・含意
-
日本もまた、米国との安全保障同盟関係において、米国依存構造が根強く、草案が描いた戦略的枠組みと一定の整合性を持ちうる立場にあります。
-
とはいえ、日本は地理的・経済的条件、憲法制約、同盟国視点だけでは動けない外交バランスがあり、独自外交・安全保障強化を主張する動きも見られます。
-
将来、日本がより自主防衛能力を高めようという流れ(憲法改正議論、集団的自衛権拡大など)は、草案が意図した“従属化”とは対立関係になり得ます。
-
欧米右傾化や国家主権強化論は、日本国内のナショナリズムや安全保障議論にも影響を与える可能性があり、警戒が必要でしょう。
1992年防衛計画指針 (Defense Planning Guidance)と日本、ドイツの対応、現状について詳しく解説されています。
総括
1992年の Defense Planning Guidance(Wolfowitz Doctrine 草案)は、冷戦後の米国が見据えた世界戦略の方向性を鮮明に示す文書であり、一部には「同盟国の自立抑制」という過激な構想も含まれていました。時代を経て改訂されましたが、その理念の残響は、同盟関係、技術依存、安全保障構造において今なお影響を残しています。
現代では、ドイツを中心に右派潮流 (AfD の躍進) が顕著になり、EU 内部でも政策的軋轢が増す中、この草案的構図への対抗として「主権強化」「国家主導路線」が台頭しつつあります。日本もまた、この変動の海の中で、自律性と同盟関係の間で揺れる立場に立っていると言えるでしょう。