「売上は増えているのに、手元にカネが残らない」。「給料は上がったはずなのに、振込額がほとんど変わらない」。この二つの感覚は、別々の話ではありません。企業の利益と労働者の手取りが、同じ一本のパイプで吸い上げられている——それが今の日本の姿です。本稿では、数字だけを並べて、その構造を順番に確かめていきます。
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1. 税金と社会保険料で、給与も企業の利益も削られていく
🟢 財務省は2026年度の国民負担率を45.7%と見込んでいます。内訳は租税負担率28.0%、社会保障負担率17.6%。これに財政赤字を加えた「潜在的国民負担率」は48.4%です。1975年度の国民負担率は25.7%でしたから、この50年でおよそ2倍になりました。
🟢 ここで注意したいのは、45.7%という数字が前年度の46.1%、その前の年度の46.7%から「2年連続で下がっている」という点です。ただし負担額が減ったわけではありません。賃上げと企業収益の増加で分母である国民所得が膨らんだため、比率として下がって見えているだけです。分子——つまり実際に納めている税と保険料の総額——は増え続けています。
🟢 それを裏づけるのが税収です。2025年度の一般会計税収は84兆2226億円。前年度比12.0%増、6年連続で過去最高を更新し、増加幅の約9兆円も過去最大でした。
| 税目 | 2025年度の税収 | 特記事項 |
| 消費税 | 26兆278億円 | 物価高が押し上げ(前年度比4%増) |
| 所得税 | 25兆2565億円 | 賃上げで20%超の増加 |
| 法人税 | 21兆7450億円 | 1989年度の18兆9933億円を抜き過去最高 |
| 一般会計税収 合計 | 84兆2226億円 | 6年連続で過去最高 |
🔵 ここに構造的なカラクリがあります。物価が上がれば消費税収は自動的に増え、名目賃金が上がれば所得税と社会保険料が自動的に増える。政府は何もしなくても、インフレが進むだけで取り分が増える仕組みになっているのです。しかも消費税の増収は「物価高」と書かれていますが、物価高で苦しんでいるのは納める側です。苦しみの大きさがそのまま税収になる。この非対称性を、まず押さえておく必要があります。
2. 日本企業が勝てない理由は、税金と社会保険料という重い固定費
🔵 法人税だけを見れば「日本の法人税率は国際的に見て特別高くはない」という主張は成り立ちます。実効税率は約30%前後で、確かに突出してはいません。しかし経営者が実際に向き合っているのは法人税率ではなく、赤字でも必ず出ていく固定費としての社会保険料です。
🟢 厚生年金保険料率は2017年9月以降18.3%で固定され、労使折半で会社が9.15%を負担します。これに健康保険料(協会けんぽの全国平均で約10%)、40歳以上には介護保険料(2026年度は1.62%、前年度から0.03ポイント増)、雇用保険料、労災保険料が加わります。会社側の法定福利費は、ざっくり言って給与総額の15%前後になります。
🟢 さらに2026年4月から「子ども・子育て支援金」が始まりました。医療保険料に上乗せする形で徴収され、2026年度の支援金率は0.23%、労使折半です。徴収総額は2026年度で約6000億円、2028年度には最大で年間約1兆円規模に達する見込みです。従業員100人・平均標準報酬月額30万円の企業なら、企業側の負担だけで年間約42万円、2028年度には約72万円の増加になる計算です。
🔵 ここが決定的な点です。社会保険料は「人を雇うこと」そのものにかかります。利益が出ていようが赤字だろうが、従業員が1人いれば発生する。つまり日本の企業にとって、雇用は投資ではなく固定費リスクになっています。賃上げをすれば、その賃上げ分にも社会保険料がかかる。「賃上げしたら保険料負担も増えた」という経営者の嘆きは、感情論ではなく算数です。
🟢 その帰結は倒産統計に現れています。東京商工リサーチによれば、2026年度上半期(4〜9月)の全国企業倒産は5373件で前年同期比3.8%増、年度上半期として5年連続の増加でした。注目すべきは倒産の中身です。
| 2026年度上半期(4〜9月)の倒産 | 件数・比率 | 前年同期との比較 |
| 全国企業倒産(負債1000万円以上) | 5373件 | 3.8%増(5年連続増) |
| 「人手不足」倒産 | 240件(過去最多) | 17.0%増 |
| うち「人件費高騰」が原因 | 130件(過去最多) | 75.6%増(約1.7倍) |
| 「物価高」倒産 | 436件(最多更新) | 約18%増 |
| 従業員10人未満の構成比 | 90.6% | 小・零細に集中 |
| 中小企業基本法に基づく中小企業倒産 | 100.0% | 3年連続で全件が中小企業 |
🔵 「人件費高騰による倒産が1.7倍」という数字を、政府は賃上げの成果として語ることができません。賃上げを政策として求めながら、賃上げに連動して増える社会保険料は一円も軽くしていない。賃上げのコストは企業に、賃上げの果実は税と保険料として国に——この配分が、体力のない事業者から順に潰しているように見えます。
3. 労働者からも容赦なく——税金と社会保険料
🟢 働く側も同じ構造の中にいます。給与明細から引かれるのは所得税と住民税だけではありません。厚生年金(本人分9.15%)、健康保険(約5%)、40歳以上なら介護保険、雇用保険。額面に対して社会保険料だけで15%前後、税金を含めれば20%超が天引きされます。
🟢 2026年4月からは、ここに子ども・子育て支援金が加わりました。こども家庭庁の試算では、年収600万円の会社員で月575円、年収800万円で月767円。金額としては大きくないように見えますが、支援金率は2026年度の0.23%から2028年度にかけて段階的に引き上げられる設計です。
🟢 実質賃金の推移も見ておきましょう。2025年(暦年)の実質賃金は前年比1.3%減、2025年度では0.5%減で、いずれも4年連続のマイナスでした。ただし2026年に入ってからは物価上昇の鈍化を背景にプラス転換しており、2026年8月の速報値は前年同月比1.5%増、8か月連続のプラスとなっています。
🔵 この「最近はプラス」という事実は、正直に受け止めるべきです。しかし同時に見落としてはいけないのは、4年間削られ続けた水準からの回復であって、元に戻ったわけではないということ。そして実質賃金は企業の支払いベースの統計であり、税と社会保険料を引いたあとの「手取り」ベースではありません。額面が3%増えても、そこから引かれる社会保険料も3%分増えます。負担が定率である限り、賃上げは自動的に増税とセットになるのです。
🔵 しかも社会保険料には、所得税のような累進性も、大きな控除もありません。厚生年金には上限(標準報酬月額の等級上限)があるため、高所得者ほど負担率が下がる逆進的な面すらあります。中間層が最も重く負担する設計になっている、というのが実務家のあいだでは常識に近い理解です。
4. 赤字でも消費税を取られる——ひずんだ税金
🔵 日本の税制で最もひずんでいるのが消費税です。名前は「消費」税ですが、事業者にとっての計算構造は付加価値税(バリュー・アデッド・タックス)——つまり売上から仕入を引いた「付加価値」への課税です。そして、ここが肝心なところですが、人件費は仕入税額控除の対象になりません。
🔵 結果として何が起きるか。人手に頼る労働集約型の事業ほど、消費税の実質負担が重くなります。同じ売上でも、外注や仕入が多い会社より、自社の従業員で価値を生んでいる会社のほうが納税額が大きくなる。さらに、法人税は赤字なら課されませんが、消費税は赤字でも容赦なく課されます。利益がゼロでもマイナスでも、預かった消費税は納めなければならない。
🟢 それがどれほど資金繰りを圧迫しているかは、滞納統計がはっきり示しています。国税庁の「令和7年度租税滞納状況」によれば、新規に発生した滞納額は9935億円。そのうち消費税が5172億円で全体の52.1%を占め、税目別で断トツの1位です(地方消費税分1458億円は別勘定)。
| 令和7年度 新規発生滞納額 | 金額 | 構成比 |
| 消費税 | 5172億円 | 52.1% |
| 申告所得税 | 2146億円 | 約21.6% |
| 法人税 | 1456億円 | 約14.7% |
| 新規発生滞納額 合計 | 9935億円 | 100% |
🔵 滞納の半分以上が消費税だという事実は、「払いたくない」のではなく「払えない」事業者が大量に存在することの証明です。消費税は預かり金的な性格を持つと説明されますが、現実には売上代金として入ってきたカネを仕入や給与の支払いに回さざるを得ず、納税期限が来たときには手元に残っていない。これは経営者のモラルの問題ではなく、制度設計が中小零細の資金繰りと噛み合っていないという問題です。
🟡 2023年10月に始まったインボイス制度(適格請求書等保存方式)も、この構造を悪化させました。令和6年の消費税滞納額は前年比で約915億円増えており、制度導入で新たに課税事業者になった小規模事業者の負担増との関連を指摘する声があります。
🟢 そしてもう一つ。国税庁の「令和6年度分 会社標本調査」によれば、全法人299万9680社のうち欠損法人(税務上の赤字法人)は180万7925社、割合にして60.3%。欠損法人の数そのものは5年連続で増えています。10社のうち6社が赤字——その6社も、消費税と社会保険料だけは納め続けているわけです。
5. 日本が貧しくなる原因について
🔵 ここまでの数字を一本の線でつないでみます。
① 企業は投資ができない——人を雇うほど社会保険料が増え、赤字でも消費税を納め、手元資金が薄くなる。研究開発や設備投資に回す余力が削られる。
② 労働者は消費ができない——額面が増えても天引きが定率で増え、手取りの伸びが鈍い。将来不安もあり、増えた分は貯蓄に回る。
③ 消費が伸びないから企業も伸びない——国内需要が弱いまま、企業は値上げも賃上げも思い切ってできず、①に戻る。
🔵 この循環の厄介なところは、どの環も「誰かの悪意」では動いていないことです。企業は合理的に固定費を抑え、家計は合理的に貯蓄し、財務省は合理的に歳入を確保している。個々が合理的に動いた結果、全体として貧しくなっていく——経済学でいう合成の誤謬そのものです。
🔵 ただし、だから仕方がないという話にはなりません。制度は人がつくったものです。社会保険料を人件費に定率で課す設計も、人件費を控除できない消費税の設計も、政策判断の産物です。「国民負担率が下がった」と発表しながら、同じ年に新しい支援金の徴収を始める——この二つが同時に成立していることを、私たちは記憶しておくべきだと思います。
🔵 もちろん、社会保障そのものを否定するつもりはありません。高齢化が進むなかで年金・医療・介護の給付が増えるのは事実で、財源の議論を避けることもできません。論点は「負担するかどうか」ではなく、負担の置き方が、雇用と中小企業に偏りすぎていないかという一点です。人を雇うことに罰金のようにコストがかかり、赤字でも税が取られる。この設計のままで「成長戦略」を語るのは、穴の空いたバケツに水を注ぎながら「水量が足りない」と言うようなものではないでしょうか。
まとめ——数字が示していること
🟢 2026年度の国民負担率は45.7%、潜在的負担率は48.4%。2025年度の税収は84兆2226億円で6年連続の過去最高。一方で2026年度上半期の倒産は5373件と5年連続増、人件費高騰による倒産は1.7倍。国税滞納の52.1%は消費税。全法人の60.3%は赤字。
🔵 国の取り分が過去最高を更新し続けている一方で、取られる側の倒産は増え続けている。この二つの数字が同じ年に並んでいることを、「景気は回復基調です」の一言で片づけてよいのか。少なくとも私には、そうは思えません。
【主な出典】
財務省「令和8年度の国民負担率」/財務省「令和7年度一般会計決算概要」/国税庁「令和7年度租税滞納状況の概要」/国税庁「令和6年度分 会社標本調査」/東京商工リサーチ「2026年度上半期 全国企業倒産状況」「人手不足倒産動向」/厚生労働省「毎月勤労統計調査」/こども家庭庁「子ども・子育て支援金 年収別負担額試算」/全国健康保険協会「令和8年度 健康保険・厚生年金保険料額表」