1983年のビルボードランキングから、自分が勝手に選曲した曲をご紹介します。
その第3弾 今回は、日本でヒットした曲を中心に選びました。
音楽は、いつの時代も人々の心に勇気を与えてくれると信じている。
最後までお付き合いいだだけたらと思います。
スーパースターたちの楽曲を楽しんでください。
目次
Twilight Zone
邦題:トワイライト・ゾーン
歌うは、Golden Earring
Twilight Zone
1983年 Billboard 年間ランク:19位
間違えて行けないのは、同名のタイトルで Manhattan Transferの曲が有名ですが、そちらは、1979年
ゴールデン・イヤリング(Golden Earring)は、1961年にオランダで結成されたロック・バンド。メンバー入れ替えを繰り返しながら、世界的にも息の長い活躍を続けるバンドとして知られている。
George Kooymans、Rinus Gerritsenの2人を中心としてハイスクール時代に結成。
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1961年からメンバーは、多少変わっているけどまだ現役のバンド活動をしているという
Mr. Roboto
邦題:ミスター・ロボット
歌うは、Styx
「ドモアリガト ミスター・ロボット♪」 という日本語の歌詞で有名になった曲です。
Styx - Mr. Roboto (Official Video)
Billboard 年間ランク:28位である。
ミスター・ロボット (Mr. Roboto) は、スティクスの1983年のコンセプトアルバム『キルロイ・ワズ・ヒア』に収録されているデニス・デ・ヤング作詞、作曲による楽曲である。この曲はBillboard Hot 100の第3位を記録し、スティクスにとって1981年の"トゥー・マッチ・タイム・オン・マイ・ハンズ"以来のヒット作となった。
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日本のTVドラマの『電車男』の中で何度も流されたりしている。
Sexual Healing
邦題:セクシャル・ヒーリング
歌うは、Marvin Gaye
Marvin Gaye - Sexual Healing (Official HD Video)
Billboard 年間ランク:32位である。
1983年に、マイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーなどを抑えてグラミー賞を受賞
しかし、翌年 1984年帰らぬ人となった。
1984年4月1日の12時半頃、自宅で両親の喧嘩を仲裁した際に父マーヴィン・シニアと口論になり、激昂した父が拳銃を発砲、至近距離から放たれた2発の弾がそれぞれ胸部と肩に命中し、病院に運ばれる前に死亡
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Sexual Healingが遺作となってしまった。
Flashdance
邦題:フラッシュダンス~ホワット・ア・フィーリング
アーティストは、Irene Cara
これは、映画で大ヒット
Irene Cara - Flashdance What A Feeling (Official Music Video)
Billboard 年間ランク:3位
『フラッシュダンス』(Flashdance)は、1983年に公開されたアメリカ映画。エイドリアン・ライン監督で、プロデューサーであるドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマーの初のコラボレート作品であり、ミュージック・ビデオ・スタイルの表現方法はシンプソンとブラッカイマーのヒット作『トップガン』(1986年)など他の映画に影響を与えた。『フラッシュダンス』は当初批判的な評価を受けたが、1983年のアメリカ国内で第3位となり驚異的な興行成績を残し[3][4]、世界中で1億ドル以上の興行成績となった[5]。ジャズダンス・ブレイクダンス等のダンスと軽快なサウンドトラックが印象的な青春映画である。マイケル・センベロの『Maniac 』や映画のために作曲されアカデミー賞を受賞したアイリーン・キャラの『フラッシュダンス…ホワット・ア・フィーリング』など様々なヒット曲を生み出した。また、ブレイクダンスをハリウッド映画として取り上げた最初の作品であるとともに、女権拡張を唱えた1980年代を象徴する作品である。
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でもですよ!
自分の世代 (あら60歳)だとこっちだろうな
スチュワーデス物語「What a feeling」1983 麻倉未稀
https://music.youtube.com/watch?v=gDjZGEGCkjo&feature=share
大映テレビの大ヒット作品である。
堀ちえみの出世作???かな
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教官! ああなつかしい。
麻倉未稀の曲とともにアイリーン・キャラの曲もヒットするという相乗効果がありました。
このあたりで1983年に区切りをつけます。
1983年 日本でも洋楽が大ヒットした一年でした。
そしてこの洋楽ブームは、まだまだ続きます。
さぁ 日本でイギリスから始まったヒットに米国のシンガーたちが巻き返すという、1984年を次回からご紹介します。
大ヒットが続くことになるので 1983年より 回数が増えるかも知れません。
今回ご紹介した楽曲は、YouTube Music で聴くことができます。