今から、四十年ほど前のお話です。
大学生だった自分は、東京・池袋に住んでおりました。
今週も、怖いというか、不思議な話を共有します。
できれば、明るい時間に。最後まで読んでいただけたら幸いです。
白すぎる八畳一間
1980年(昭和55年)自分は、都内の大学に通っていました。
上京して数ヶ月、親戚の家での居候暮らしから、ようやくの脱出でした。
場所は、東京・池袋 雑貨屋の倉庫の二階に、その部屋はありました。
トイレ付き、風呂なし、八畳一間。この時代のアパートに風呂などないのが当たり前で、幸い、歩いて数分のところに銭湯がありましたから、不便を感じることはありませんでした。
大家さんは、近所の雑貨屋さん。倉庫の二階を四部屋に区切った、簡素なつくりで、住んでいる学生は自分だけでした。
家賃はひと月 六万五千円。池袋の駅まで歩いて十分ですから、まぁ、高いと言えば高かったのかもしれません。
布団と文机、小さなテレビ。荷物はそれだけ。あとになって、バイト代で買った冷蔵庫が加わりました。
内見のときは、変な感じはしなかった。
ただ一つ、気になったことがあるとすれば――
建物はこれほど古いのに、その部屋の壁だけが、真っ白だったのです。
まるで、つい昨日、塗り替えたばかりのように
何かを、塗り込めたばかりのように
北側の壁際に
荷物も少なく、がらんとした八畳間。
引っ越してきた初日、その北寄りの壁際に、髪の毛が落ちているのを見つけました。
「不動産屋と来たときは、気がつかなかったけどなぁ」
気持ちが悪いと思いつつ、新聞紙で拾い集めて捨てました。
こうして、八畳間での新しい生活がはじまりました。
大学の授業、深夜のバイト(新宿のバー)、そしてまた大学の授業。その繰り返しの毎日。部屋には、ほぼ寝に帰るだけ。休日は本を読んだり、東京探検とお上りさんをしたりして過ごしていました。
あるとき、また北側の隅に、髪の毛が落ちているのを見つけました。
長い黒髪。おそらく女性のものが、十何本か
「あれ? 掃除したんだけどな」
そう思いながら、新聞紙にくるんで捨てる。
翌日
同じ場所に、同じように、髪の毛が落ちている。
「あれ? 掃除したんだけどな」
そう思いながら、また新聞紙にくるんで捨てる。
翌日
同じ場所に、同じように
――何日か過ごしたあと、さすがに、おかしいと気がつきました。
髪の毛の法則
「この髪の毛、どこからやってくるんだ」
観察を続けるうちに、自分は一つの「法則」に気がついてしまいました。
髪の毛を捨てなければ、翌日も、量は変わらない。
髪の毛を捨てると、翌日、必ず同じ場所に落ちている。
そして、その量は、いつも決まって同じ
まるで、誰かが数えているように
まるで、こちらが一本捨てるたびに、一本、返してよこすように
不思議なことは、これまでにもいくつか体験してきました。けれど、女性の長い黒髪というのが、どうにも気味が悪い。
そこで、家がお寺で、僧侶でもある友人に相談してみました。
「おう、わかった。面白そうだから、部屋で確認しよう」
友人のYは、数珠と線香を持って、アパートにやってきました。
まず、その日に落ちていた髪の毛を、いつものように新聞紙にくるんで捨てる。
これで、明日の朝まで見張っていれば、髪の毛がどこから来るのか、わかるはずだ。
Yと自分は、徹夜で、北側の壁際を見張ることにしました。
午前三時、照明が消える
週末の夜。友人Yと自分は、酒を持ち込み、馬鹿話をしながら、部屋の片隅を見張っていました。
真っ白な壁。その下の、何も落ちていない畳
見ているだけなのに、なぜか、目を離すのが怖い。
時計の針が、深夜三時を回りました。
「何も起きないなぁ」
Yがそうつぶやいた、その瞬間――
照明が、消えた
「うわぁ」
声を上げるY
真っ暗な部屋の中で、自分は北側の壁だけを見ていました。見ようとしていました。けれど、そこには、ただ闇があるだけで。
数秒後
何事もなかったように、照明がつき、部屋が明るくなる。
「おい……見ろよ」
Yの声が、低くなっていました。
「髪の毛が、落ちている」
さっきまで、何もなかったはずの、真っ白い壁の下。
そこに、長い黒髪が、いつものぶんだけ、落ちていました。
誰も、そこへは近づいていない。ドアも窓も開いていない。ほんの、数秒の暗闇
「まじかよ……」
けれど、Yは冷静でした。さすが、坊主の息子
線香台に数本の線香を立て、火を点し、小声でお経を読み上げていく。
一通り唱え終えると、Yはこう言いました。
「これで大丈夫だと思うけど……理由は、俺にもわからん。霊能力者じゃないからな」
明け方、Yは帰っていきました。
自分は、落ちた髪の毛をそのままにして、しばらく、ぼんやりとそれを見つめていました。
真っ白い壁を、見つめていました。
これで、終わったはずでした。
そして――
徹夜がこたえたのか、その日はゆっくり眠り、夜になると、いつものようにバイトへ出かけていきました。
てっきり、これで問題は片づいたと思っていたのです。
けれど――
この後、事態は、さらに大きくなっていきます。
あの真っ白な壁が、なぜ真っ白だったのか。
十何本の髪の毛が、なぜ、あの場所を選んで落ち続けたのか。
その本当の意味を、自分はまだ、何も知らなかったのです。
――後編に続く
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【実話怪談】増える髪の毛 ~壁に映る女・後編(完結)~
これまでのお話 今から四十年ほど前、池袋のアパートに住み始めた私は、部屋の片隅に髪の毛が落ちているのを発見した。 掃除しても、翌日には、同じ場所に同じだけ髪の毛が落ちている。 僧侶の息子である友人Y氏 ...
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