あなたが乗ったヨーロッパ行きの飛行機、なぜこんなに時間がかかるのか——知っていましたか?
JALやANAのヨーロッパ便が「遠回り」をしていること、そしてその背景に日本の外交・安全保障政策が深く絡んでいることを、日本のメディアはほとんど正面から伝えていない。
日本の旅客機はなぜ「中国上空を飛ばない」のか
結論から言えば、日系航空会社(JAL・ANA)のヨーロッパ線は現在、中国上空を「通過ルート」として使うことを事実上避けている。技術的・法的に不可能なわけではなく、政治・外交・安全保障が複雑に絡み合った結果だ。
かつて日本からヨーロッパへの最短ルートは「シベリア経由」だった。旧ソ連時代から続くこのルートは、飛行距離・燃料効率ともに優れ、フライト時間は12〜13時間程度に収まっていた。
ところが2022年2月、ロシアがウクライナに軍事侵攻。日本がロシアへの経済制裁に参加すると、ロシア側は日系航空会社へのシベリア領空通過を事実上閉鎖した。これが「迂回」の始まりだ。
「北回り」と「南回り」——JALとANAで異なる迂回戦略
ロシア領空が使えなくなったことで、JALとANAはそれぞれ独自の迂回ルートを選択した。
| 航空会社 | 往路(日本発) | 復路(欧州発) | 飛行時間の増加 |
| JAL | 北回り(アラスカ・グリーンランド・アイスランド経由) | 南回り(トルコ・中央アジア・中国経由) | 往路+約2〜3時間 復路+約2時間 |
| ANA | 北回り(アラスカ・北極圏経由) | 南回り(中央アジア・中国経由) | 往路+約3時間30分 復路+約2時間 |
注目すべきは、復路(ヨーロッパ→日本)では中国上空を通過しているという点だ。「中国上空を一切飛ばない」というわけではなく、「日本→ヨーロッパ方向の通過ルートとして中国を使えない・使いにくい」という状況が正確な理解だ。
📌 なぜ往復でルートが違うのか?
偏西風(ジェット気流)の影響が大きい。欧州→日本の方向では、ヒマラヤ上空の強い偏西風を追い風として使えるため、南回りでも飛行時間を短縮できる。逆に日本→欧州で南回りを使うと向かい風となり、燃料コストと飛行時間が大幅に増加してしまう。
高市首相の「台湾有事発言」が航空業界を直撃した
ロシア問題に加え、2025年秋以降、日系航空会社を取り巻く環境はさらに複雑化した。引き金を引いたのは、高市早苗首相の国会発言だ。
2025年11月7日、高市首相は衆院予算委員会において「台湾を武力で支配下に置こうとする行為が武力行使を伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得る」と答弁。歴代首相が外交的な「曖昧さ」を保ち続けてきたこの問題について、初めて具体的な認定可能性を明言した発言は、中国側を激怒させた。
中国外務省は即日抗議し、在大阪総領事の薛剣氏はXに「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」と投稿。外交官として到底許容できない表現だが、これが中国側の「本音」を露わにしたと言える。
その後、中国政府は矢継ぎ早に報復措置を発動した。
| 時期 | 中国側の措置 | 影響 |
| 2025年11月 | 国民への日本渡航自粛呼びかけ | 中国系10数社が日本路線キャンセル無料化 |
| 2025年11月〜 | 中国航空会社に日本便の減便を要請 | 日中間49路線で翌月の運航取り消し |
| 2025年11月下旬 | 航空ショーで日本来賓・メディア排除 | 「政治・外交上の理由」と明示 |
| 2026年1月〜 | 春節前に重ねて渡航自粛呼びかけ | 訪日中国人が大幅減少、観光業に打撃 |
「経済的威圧」——これは航空問題ではなく安保問題だ
重要なのは、中国が航空を「外交カード」として使うことを躊躇しないという現実だ。日本のメディアは「日中関係の悪化」「観光業への影響」として報じるが、本質は違う。
中国は、日本の安全保障政策の選択に対して、民間の経済・航空インフラを使って報復できる国家だ——このことを、日本国民はほとんど認識していない。
ヨーロッパ行きのフライトが「なぜか長い」と感じたことのある人は多いだろう。しかしその背景に、ロシアの侵略戦争、日本の対露制裁、台湾有事をめぐる外交的緊張、そして中国の「経済的威圧」が積み重なっていることを知る人は少ない。
▶ あなたが気づいていない「コスト」
- 羽田→ロンドン:かつて約12時間 → 現在約14〜15時間
- 成田→ブリュッセル:通常約12時間 → 迂回後約15時間30分
- 燃料コスト増加 → 航空運賃の上昇圧力
- 機材の搭載量制限 → 貨物・旅客数の削減
- CO₂排出量の増加(環境負荷)
「中国直行便は普通に飛んでいる」との誤解について
「中国上空を飛ばないというのは大げさでは?」という疑問を持つ人もいるだろう。確かに、羽田・成田から上海・北京・広州への直行便は現在も運航されている。
問題を整理しよう。
| 中国の空港に「着陸」する便 | 中国上空を「通過」する便 |
| 日中間の直行便 → 継続中 | 欧州・中東行きの中継ルート → 事実上困難 |
| 中国当局の許可ルートで運航 | 政治的対立・外交摩擦が許可に影響 |
むしろ深刻なのは、現在の日中関係の悪化により、中国側が日本便の大幅な減便を自国航空会社に要請しているという事実だ。日中を結ぶ49路線で翌月の運航が一斉取り消しになるという事態は、日常的な人的・経済的交流への直撃でもある。
「新常態」——日中関係が戻れない地点に来た可能性
東京大学社会科学研究所の分析によれば、高市政権下の日中関係は「低強度の対立を特徴とする新常態(ニューノーマル)」へと移行しつつある可能性がある。2026年2月の衆院選で高市政権が大勝し、政治基盤が強化されたことで、この構造はより固定化しつつある。
中国にとって今回の発言は「台湾問題で日本が手の内を明かした」ことを意味する。2025年10月31日のAPECで習近平と高市首相が「戦略的互恵関係」を確認してからわずか1週間後の発言だったことも、習近平の「面子を潰した」として怒りに油を注いだ。
中国側は今回、報復として水産物輸入禁止の再開や首脳会談の停止なども発動。領空・航空問題はその一要素に過ぎず、日本社会全体が気づかないままじわじわと影響を受け続けている。
📋 この記事のまとめ
- 日系航空会社のヨーロッパ便は、ロシアのウクライナ侵攻以来、シベリア経由の最短ルートを失った
- 中国上空の「通過ルート」も、日中外交摩擦により事実上使いにくくなっている
- 高市首相の「台湾有事=存立危機事態」発言が日中関係を急激に悪化させた
- 中国は航空を「経済的威圧」のカードとして積極的に使っている
- フライト時間の延長・運賃上昇という形で、日本国民がそのコストを負担している
- 日本のメディアはこの構造を「観光業への影響」としか報じない
取材・執筆:habozou.com