「責任ある積極財政」。高市内閣の看板政策です。
ニュースでは「積極財政」の中身ばかりが語られます。けれど、この言葉の前半には「責任ある」が付いています。うまくいかなかったとき、その責任は誰が、どうやって取るのでしょうか。首相本人の国会答弁をそのまま読みながら、冷静に確かめていきます。
2026年10月21日、高市早苗首相は就任から1年を迎えました。この1年で、日本の財政運営の考え方は確かに大きく変わりました。同時に、長期金利は約30年ぶりの水準まで上がっています。
この記事は、高市内閣を支持する人にも、不安を持っている人にも、同じ材料を見てもらうために書きました。賛成・反対の前に、「責任ある」という言葉が何を約束しているのかを、一次情報で確認します。
【本記事の信頼度表示】🟢=複数の一次資料・報道で確認/🟡=単一ソースまたは政府の公式見解/🔵=筆者の分析・論評
1.「責任ある積極財政」とは何か 首相の言葉で読む
🟢 この言葉が公の場に出たのは、2025年10月24日の初めての所信表明演説でした。以来、首相は一貫して、これを政権の「重要な政策転換の本丸」と位置づけています。
🟡 中身は、ざっくり言えば次の3つです。
| 柱 | 内容 |
| 危機管理投資 | エネルギーや食料、防災など、国のリスクを小さくするための投資 |
| 成長投資 | 半導体・人工知能・次世代エネルギーなど、先端分野への投資 |
| 財政の持続可能性 | 国と地方の債務残高の対GDP比(国の借金が経済規模の何倍か)を安定的に下げる |
🟡 首相自身は2026年7月27日の記者会見で、この言葉をこう説明しています。「成長」か「財政規律」かという二者択一ではなく、その両方を実現することこそが、この言葉に込められた「責任」の意味である、と。
🟢 そして2026年7月21日、骨太の方針2026が閣議決定されました。副題は「『責任ある積極財政』元年」。ここで、財政運営の物差しそのものが入れ替わっています。
■ 財政の「物差し」が変わったという意味
これまで:単年度のプライマリーバランス(PB=国債関係を除いた収支)の黒字化が中核目標。毎年の家計簿を黒字にする発想。
これから:国・地方の総債務残高の対GDP比の安定的な低下が中核目標。PBは「確認する指標」に格下げされ、複数年で管理し、一時的な悪化は許容し得るとされました。借金の絶対額より、経済規模との比率を見る発想です。
🔵 ここが、この政策の賛否が分かれる一番の急所です。対GDP比は、分母である経済が大きくなれば自動的に下がります。「成長すれば財政は健全化する」という理屈が、目標の設計そのものに組み込まれた形になりました。逆に言えば、成長しなかったときに何が起きるのかが、同じ設計の中に書き込まれているかどうかが問われます。
2.うまくいけば政治家の成果。では、失敗したら誰が払うのか
🔵 政策には、成功と失敗で「誰に返ってくるか」が非対称になりやすい構造があります。積極財政は、その典型です。
| 結果 | 何が起きるか | 誰に返ってくるか |
| 成功 | 投資が民間投資を呼び、賃金と税収が増える | 政権の実績として、短期間ではっきり可視化される |
| 失敗 | 投資が成長に結びつかず、赤字と金利と物価が上がる | 利払い・住宅ローン・物価・将来の予算削減として、長い時間をかけて国民に分散する |
🔵 失敗のコストは、請求書の形では届きません。誰かが「あなたの負担が増えました」と教えてくれるわけでもない。利払い費や物価という、顔の見えない形でゆっくり効いてきます。だからこそ、あらかじめ「責任の取り方」を決めておく必要がある、というのがこの記事の問題意識です。
🟢 そして、これは抽象論ではありません。数字はもう動いています。
| 項目 | 数字 |
| 長期金利(10年国債利回り) | 2026年9月下旬に一時3.115%。約30年ぶりの水準 |
| 10月発行分の10年国債の表面利率 | 年3.1%。1996年8月の入札以来、30年2か月ぶりの高さ |
| 超長期金利(2026年10月20日時点) | 30年債3.940%、40年債4.050% |
| 令和8年度予算の想定金利 | 2.0%から3.0%へ引き上げ |
| 利払費 | 13兆371億円。前年度当初比で約2.5兆円増 |
| 国債費(償還+利払い) | 31兆2,758億円。前年度比3兆579億円増で、歳出総額の4分の1超 |
🟢 利払費が2.5兆円増えた内訳も公表されています。想定金利の引き上げによる新規発行分の増加が約1.0兆円、低い金利の国債が高い金利の国債に置き換わる借換えによる増加が約1.5兆円です。つまり、今日決めた政策とは関係なく、過去の借金が自動的に重くなっていく部分が半分以上を占めます。
🟡 財政制度等審議会に出された資料では、10年国債金利の前提は令和8年度3.0%、9年度3.2%、10年度3.4%、11年度3.6%と、右肩上がりで置かれています。金利が上がり続ける前提の下で、国債費が一般歳出を圧迫していく。これが「失敗した場合」の最初の入り口です。
3.高市首相は「誰への責任」だと説明しているのか
🟢 ここが、本記事で最も重要なところです。実は首相は、国会で正面から聞かれ、正面から答えています。
2026年2月25日、衆議院本会議。国民民主党の玉木雄一郎代表が、施政方針演説への代表質問でこう尋ねました。「責任あるとは具体的に何を意味するのか、その責任を具体的にどのような指標で達成しようとしているのか」。さらに「政府が責任ある、責任あると連呼するだけでは駄目です」とも付け加えています。
■ 高市首相の答弁(2026年2月25日 衆議院本会議 要旨)
・強い経済の構築と財政の持続可能性の実現を両立させ、それを次の世代に引き継いでいく。
・それが「今を生きている国民と未来を生きる国民に対する責任」でもある。
・成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務残高の対GDP比を安定的に引き下げていくことで、市場からの信認を確保する。
・「今後、そのための具体的な指標も明確化してまいります」
🔵 答弁は明快です。「責任」とは、今の国民と、将来の国民に対する責任である。首相は言葉を濁していません。むしろ、ここまではっきり答えているのに、この答弁がほとんど引用されないことのほうが不思議です。
🔵 ただ、この答弁を落ち着いて読むと、ひとつの構造が見えてきます。「国民と将来世代に対する責任」という定義は、責任を負う相手を示したものであって、責任の取り方を示したものではありません。そして、相手として名指しされた「未来を生きる国民」は、選挙権を持っていません。投票で評価も罰も与えられない相手に対する責任は、制度上、誰にも強制できないのです。
🟡 なお首相は、2026年10月1日の単独インタビューでも「今の国民の皆さんも、将来の国民の皆さまの生活についても、マイナスの影響があるようなことは決していたしません」と語っています。これは決意の表明としては力強い。しかし、約束が守られなかったときにどうするかは、この言い方の中には含まれていません。
4.では、失敗したらどうなるのか
🔵 日本の制度では、首相が政策の失敗について取れる責任は、現実には2つしかありません。辞任することと、選挙で負けることです。それ以外に、政策の失敗を個人に帰す仕組みは存在しません。
🔵 ところが財政政策は、結果が出るまでに時間がかかります。投資が賃金や生産性に効いてくるのは何年も先です。一方、首相の在任期間や衆議院議員の任期は、それより短い。2026年2月の衆院選で与党は圧勝し、政権基盤は固まりました。次に有権者が審判を下す機会が来るころには、「責任ある積極財政」の成否はまだ確定していない可能性が高いのです。
🔵 さらに、政策の検証は、たいてい政権が代わってから始まります。そして検証する側も、過去の経緯には触れにくい。結果として、失敗のコストだけが残り、責任の主体だけが消えるという現象が起きます。これは高市内閣に限った話ではなく、歴代政権に共通する日本の意思決定の弱点です。
■ 失敗したときに実際に起きること(想定される経路)
① 投資が期待したほど成長に結びつかない → ② 税収が伸びず赤字が残る → ③ 国債の信用への懸念から金利が上がる → ④ 利払費が膨らみ、国債費が政策予算を押し出す → ⑤ 社会保障や教育の予算が削られる、または増税が検討される → ⑥ 住宅ローン金利や円安経由の物価高として家計に届く
🔵 この経路のどこにも、「誰かが責任を取る」というステップは入っていません。入っていないからこそ、政策側が自分で入れておく必要があります。それが次の論点です。
5.「責任ある」と言うなら、最低限そろえるべき4つ
🔵 企業が大型投資をするときは、目標値と期限、効果測定、撤退ライン、そして失敗時の報告義務をセットで決めます。国家財政も同じはずです。以下の4点について、現状どこまで示されているかを整理しました。
| 必要な要素 | 本来必要な中身 | 現状で示されているもの |
| 目標 | 何年までに、どの指標を、どこまで改善するのか | 2040年度にGDP1,100兆円に近づける、実質1%超・名目3%超の成長を早期に定着、債務残高対GDP比は「安定的に低下」。比率を何年までに何%にするかの数値は示されていない |
| 検証 | 投じた税金に対し、賃金・生産性・税収がどれだけ増えたか | 内閣府の中長期試算は毎年度実質10兆円の追加支出を前提に将来像を描く。事後に「10兆円で何がいくら増えたか」を国民向けに測り直す仕組みは明確でない |
| 撤退基準 | 効果が出なかった事業を、いつ、どの基準で縮小・中止するか | 2026年10月8日の衆院本会議で「経済や市場が想定と異なる動きを示した場合に影響を十分に分析し必要な対応を機動的に講じる」と答弁。数値トリガーではなく裁量的な判断 |
| 失敗時の説明 | 誰が判断し、なぜ失敗し、どう修正するかを国会で説明する | 市場との対話として、国債市場特別参加者会合や国債投資家懇談会の活用を答弁。国民・国会に対する失敗時の説明手続きは制度化されていない |
🔵 表を見て気づくのは、示されているものが「市場向け」に厚く、「国民向け」に薄いことです。市場との対話の枠組みは具体的に答弁されるのに、国民が失敗を知る手続きは出てきません。皮肉なことですが、「国民と将来世代に対する責任」と定義された責任の説明相手が、実務上は債券市場になっているように見えます。
🟢 もうひとつ、見落とされがちな論点があります。骨太の方針2026では、経済安全保障上とくに重要な投資について、償還財源の裏付けがある「つなぎ国債」で調達した資金を特別会計で別枠管理し、その部分は債務残高対GDP比などの指標から除外する方針が示されました。
🔵 物差しを決めた上で、その物差しの外に置く部分をつくる。償還財源があるという説明には一定の合理性がありますが、「責任」を測る指標の範囲を政府側が設定できる以上、国民の側は「どこまでが比率に入っているのか」を確認する必要があります。
6.それでも積極財政を支持する側の言い分も聞いておく
🔵 ここまで厳しめに書いてきましたが、公平を期すために反論も並べます。この政策を支持する人たちの主張には、無視できない説得力があります。
🟢 第一に、実績面。令和8年度予算では、新規国債発行額を2年連続で30兆円未満(29兆5,840億円)に抑え、公債依存度も低下させた上で、一般会計のプライマリーバランスが当初予算として28年ぶりに黒字化しました。首相自身が国会で挙げたこの数字は事実です。むしろ質問した玉木代表のほうが「来年度予算案の方が従来以上に引き締まった予算に見える」と指摘したほどでした。
🟡 第二に、思想面。長年の単年度PB主義が、将来必要な投資まで削ってきたという批判には根拠があります。30年間、投資を削り続けて成長しなかったことこそ将来世代への無責任ではないか、という反論は成り立ちます。エコノミストの中にも、26年度当初予算の歳出規模は対GDP比で見れば過去30年間で12番目にとどまり、「野放図なバラマキ」という批判は当たらないとする見方があります。
🟡 第三に、首相は金融政策の面でも抑制的です。2026年10月8日の衆院本会議では「いわゆるリフレ政策が必要な局面ではない」と述べ、日銀の自主性を最大限尊重する立場を強調しました。市場の動き次第では歳出抑制などの調整を排除しない姿勢も示しています。
🔵 つまり、問うべきは「積極財政が良いか悪いか」ではありません。ここまで抑制的に運営しているのなら、なおさら、その抑制を続ける基準を数字で公開してほしい。「責任ある」と自ら名乗った以上、その中身を具体化する利益は政権の側にもあるはずです。
7.日本のマスコミと評論家は「責任」に触れているか
🟢 事実から確認します。「触れていない」というのは、正確ではありません。経済メディアと専門家は、かなり早い段階からこの点を突いています。
| 誰が | どう指摘しているか |
| 日本経済新聞 | 「責任ある積極財政」の責任とは何かを正面から特集。市場のシグナルを踏まえ、首相に一層重い説明責任が生じていると指摘 |
| ダイヤモンド | 長期金利上昇は「積極」だけが先に伝わり「責任ある」の中身が十分に伝わらなかった結果ではないかと分析 |
| 佐藤主光氏(経済産業研究所) | 事業の進捗を管理し、成果が見込めなければ速やかに支援を取りやめる賢い支出が必須だと指摘。まさに撤退基準の話 |
| 木内登英氏(野村総合研究所) | 成長で分母を大きくすれば比率は下がるという説明は大きなリスクをはらむと警告 |
| 土居丈朗氏(慶應義塾大学) | PB黒字化目標を中核から外しても、比率を下げるには結局PB黒字が要ると指摘 |
| 永濱利廣氏(第一生命経済研究所) | 逆に、放漫財政という警戒は誤解であると反論。歳出規模は過去30年で突出していないとする |
🔵 では何が足りないのか。足りないのは、テレビと一般ニュースの側での扱いです。地上波や総合ニュースでは、この政策はほぼ「消費税を下げるか」「バラマキか否か」という二択に圧縮されます。そこに「どの指標で、いつまでに、誰が検証するのか」という論点が入ってくることは、まずありません。
🔵 理由は、意地悪な話ばかりではないと思います。①「責任の取り方」は制度の話で、映像にならない。②数値目標が示されていないという指摘は、要するに「何もない」ことを報じる作業で、ニュースとして形になりにくい。③そして何より、国会の時間そのものが政局に吸い取られます。実際、2026年10月の国会では、「予算カット」発言で更迭された前農相をめぐる任命責任の追及が主題になりました。「任命責任」は追及され、「財政の責任」は追及されない。報じる側も、追及する側も、分かりやすいほうに流れます。
🔵 その結果どうなっているか。本来は国会と世論が担うべき「責任」の追及を、いま代わりに突きつけているのは債券市場です。金利は、空気を読んでくれません。
8.まとめ 有権者が確認すべき5つのこと
🔵 高市首相は「責任」の意味を逃げずに答えました。「今を生きている国民と未来を生きる国民に対する責任」です。そして「そのための具体的な指標も明確化してまいります」とも約束しました。2026年2月のことです。
🔵 だとすれば、支持する側がやるべきことは、擁護ではなく催促のはずです。約束した指標を出してもらう。それがそろって初めて、「責任ある」は看板からルールに変わります。
■ 次の国会・次の予算で確認したい5点
① 債務残高対GDP比を、何年度までに何%にするのか。期限と数値は出たか。
② 「強く豊かな日本」投資枠の事業について、成果を測る指標と公表のタイミングは決まっているか。
③ 効果が出ない事業をやめる数値基準があるか。「機動的に対応」以上の言葉が出てくるか。
④ 別枠管理されて比率の計算から外れる部分が、どこまで膨らんでいるか。
⑤ 想定が外れたとき、誰が国会で説明すると決まっているか。
🔵 令和9年度予算は、首相自身が「責任ある積極財政を予算編成全体に反映する初めての予算」と位置づけたものです。概算要求はすでに143兆円規模、新設の投資枠だけで14兆円を超えました。看板の後半部分が本物かどうかは、この年末の予算編成で判明します。
🔵 支持でも不支持でもなく、数字を見る。「責任ある」の4文字に具体的な中身が入ったかどうかを、私たち自身が確認する。それが、投票権を持たない将来世代に対して、いま投票権を持つ側ができる唯一の責任の取り方だと思います。
【主な出典】
衆議院会議録「第221回国会 本会議 第4号」(令和8年2月25日)/首相官邸「高市内閣総理大臣記者会見」(2026年7月27日・9月17日)/内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」(令和8年7月21日閣議決定)/財務省「令和8年度予算のポイント」「令和8年度財務省所管予算概算」/財政制度等審議会 財政制度分科会提出資料(2026年3月12日)/内閣府「中長期の経済財政に関する試算」/時事通信、日本経済新聞、ダイヤモンド、経済産業研究所、野村総合研究所、第一生命経済研究所ほか