2026年9月24日、ニューヨークで開催中の第81回国連総会・一般討論演説において、イスラエルのネタニヤフ首相が壇上に立った。演説開始と同時に多数の代表団が議場を退席するという異例の光景が広がり、演説内容そのもの以上に「退席」が世界の見出しを飾る結果となった。本稿では、ネタニヤフ首相が何を主張したのか、議場の空気はどうだったのか、そしてパレスチナ側や各国首脳の演説内容、さらに欧米メディアがこれをどう報じたのかを、海外の一次情報のみをもとに整理する。
ネタニヤフ首相は何を主張したのか
🟢 ネタニヤフ首相は演説の冒頭、まだ議場に残っている代表がいれば「道徳的な臆病者(モラル・カワード)は今すぐ退席してよい」と述べ、退席する各国代表を挑発する異例の切り出しで演説を始めた。演説はイランへの攻撃を「文明を守るための行動だった」と正当化する内容から始まり、「もし攻撃していなければ、我々は皆死んでいた」と述べ、2025年から続くイラン攻撃を「一つの決断としては最も簡単なものだった」と振り返った。
🟢 首相は続けて、ガザでの軍事作戦について「ハマスの残存勢力は今もガザ市内に潜んでいる」とし、「イスラエルは任務を完遂しなければならない」と表明した。ガザ人道危機をめぐる「ジェノサイド(大量虐殺)」批判については「今世紀最大の嘘だ」と真っ向から否定し、「イスラエルはジェノサイドを行ったのではなく、ジェノサイドを防いだのだ」と主張した。
🟡 西岸地区の入植者による暴力についても言及し、加害者は「せいぜい150人程度の不良少年」に過ぎないと矮小化し、入植者による年間の死者数も「2、3人程度」と述べた。もっとも、国連人道問題調整事務所(OCHA)の集計では2026年に入ってからの入植者による攻撃だけで少なくとも23人のパレスチナ人が死亡しており、首相の説明とは数字の開きがある。
🟢 演説の中でネタニヤフ首相は、スペースエックス社の衛星通信端末「スターリンク」を壇上に掲げ、「イランの支配者たちが恐れているのは、人々が真実にアクセスし、思想と言論の自由を行使できる技術だ」と述べた上で、この端末を国連総会議長に託し、演説を欠席したイラン代表団に渡すよう求めるパフォーマンスも見せた。
議場の異様な雰囲気 77カ国が不在に
🟢 ネタニヤフ首相が演壇に向かうと、議場では多数の代表団が一斉に席を立ち、退場する光景が広がった。傍聴席に招かれた支持者たちは総立ちで拍手を送り、退席していく外交官らに向けてブーイングを浴びせる一幕もあった。国連総会議長は秩序維持のため、複数回にわたり呼びかけを行う必要があったと伝えられる。
🟡 イスラエル政府自身の集計によれば、演説の間に議場に不在だった国は合計77カ国に上ったとされる。エジプト、ヨルダン、レバノン、シリアというイスラエルの隣接4カ国に加え、サウジアラビア、トルコ、そしてイラン自身も名を連ねた。イスラエル当局は「全てが抗議目的の退席とは限らず、単に午前の会合に出席していなかった代表団もある」と説明しているが、いずれにせよ空席の多さが際立つ演説となった。
🟢 一方で、イスラエルにとって数少ないアラブ諸国の協調相手であるアラブ首長国連邦(UAE)は退席せず、着席を続けたことも報じられている。ネタニヤフ氏は演説の中で退席した代表団を改めて「道徳的な臆病者」と呼び、「あなた方はどこにいたのか。イランの暴君たちが武器を持たない自国民数万人を虐殺し、傷つけていたとき」と反論を展開した。
マムダニ・ニューヨーク市長、カタール、トルコへの名指し批判
🟢 演説開始から約30分が経過した頃、ネタニヤフ首相はニューヨーク市長ゾーラン・マムダニ氏への反論に時間を割いた。マムダニ氏が首相を「戦争犯罪人」と呼んだことを受け、「あなたが市長に就任して以来、多くのユダヤ人がニューヨークで安全を感じられなくなった」「これは我々の知る街ではなくなった、あまりにも急速に変わってしまったと、彼らは私に語っている」と述べ、マムダニ氏を「反ユダヤ主義的だ」と断じた。
🟢 これに対しマムダニ氏は声明で、ネタニヤフ首相が「自らによるパレスチナ人へのジェノサイドを正当化するための、根拠のない嘘を繰り返すために演説を利用した」と反発し、「どのような嘘をついても、同氏が戦争犯罪と人道に対する罪の容疑で国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状の対象になっている事実は変わらない」と応酬した。
🟢 首相はまた、ガザ・パレスチナ問題をめぐる国際世論の批判を「第8の戦線」「真実をめぐる戦争」と位置づけ、その発信源としてカタールとトルコを名指しした。カタールについては「何十億もの資金を投じて米国の大学や、報道機関アルジャジーラのような“有害なメディア”に資金提供し、欧州でも同様のことを行い、若者たちの心を洗脳してイスラエルとアメリカ、そして西側諸国を憎むよう仕向けてきた」と批判し、同国がハマス幹部を保護している点も改めて非難した。トルコについては、大統領を名指しして「暴君(タイラント)」と呼び、「反ユダヤ主義的な嘘を拡散する最新の“超拡散国”になった」と述べた。
🔵 ネタニヤフ氏がカタールを厳しく批判する一方で、同国を「敵国」とまでは明言しなかったことについては、イスラエル国内の右派からも「踏み込み不足」との批判が出ている。前首相のナフタリ・ベネット氏は、カタールがハマスへの資金提供や幹部の保護を続けている以上、名指しでの「敵国認定」を見送ったことは「歴史的な機会の損失」だと述べており、対カタール姿勢はイスラエル国内でも意見が割れる論点となっている。
アッバス議長のビデオ演説 「ジェノサイド戦争」と非難
🟢 ネタニヤフ演説に先立ち、パレスチナ自治政府のアッバス議長は事前収録のビデオメッセージで演説を行った。トランプ政権がアッバス議長ら幹部への入国ビザ発給を2年連続で拒否したためで、議長はラマラの執務室から国連総会に語りかける形となった。90歳のアッバス氏は「われわれはこの不当な懲罰的措置を拒否する」と米国側の対応を批判した。
🟢 演説の中でアッバス議長は、ガザの状況を「前例のない人道的大惨事」と表現し、イスラエル軍の作戦を「ジェノサイド戦争」「入植者によるテロ」と呼んで非難した。西岸地区では入植地の拡大と暴力の激化によって領域が分断され、東エルサレムが孤立させられていると訴えた。
🟢 アッバス氏はまた、東エルサレム近郊で計画されている入植地「E1」地区の開発計画について、西岸を南北に分断しかねない「国際的に非難されている」計画だとして中止を要求し、「国連安全保障理事会による緊急かつ責任ある介入が必要だ」と述べた。演説の結びでは「われわれは故郷を離れない。強制移住を受け入れない。そして誰にも、われわれに代わって未来を決めさせない」としたうえで、「国際的な正統性に基づく平和」に向けて手を差し伸べる意向を示した。
各国首脳もイスラエル批判に時間を割く
🟢 今回の国連総会一般討論演説では、フランス、英国、ヨルダン、シリア、カタール、トルコの首脳・代表が、それぞれの持ち時間の一部をイスラエルへの強い批判に費やしたと報じられている。ガザ戦争と並行してロシアによるウクライナ侵攻も主要な論点となっており、今総会全体を通じて中東情勢と対イスラエル批判が最大の焦点の一つとなった。
🔵 演説内容そのものよりも、退席という「行動」が各国の立場表明の手段として使われた点は今回の総会の特徴といえる。パレスチナ国家承認に踏み切った欧州諸国と、イスラエルを擁護する米国・イスラエルという構図が、演説の言葉以上に議場の座席の埋まり方によって可視化された形だ。
欧米メディアはどう報じたか
🟡 同じ演説であっても、各メディアが切り取った角度は大きく異なった。イスラエルへの是非を問う論調から、退席劇そのものを焦点化する論調まで幅があり、メディアごとの立ち位置の違いが如実に表れている。以下に主要な報道の見出しの方向性をまとめた。
| 媒体(国) | 報道の切り口 |
| ワシントン・ポスト(アメリカ) | 「歯に衣着せぬネタニヤフ氏、選挙を前に批判者を猛非難」と報道。退席劇については「世界的な猛反発の一環」と表現した。 |
| ガーディアン(イギリス) | 代表団が退席する中、ネタニヤフ氏が「ガザでの任務を完遂する」と表明したと報道。退席の様子を前面に押し出す構成。 |
| インディペンデント(イギリス) | ネタニヤフ氏は実質的に「たった一つの聴衆」(アメリカの支持層)に向けて語っていたに過ぎない、と皮肉を込めて分析。 |
| ハアレツ(イスラエル) | 演説を「単調で退屈」と評し、主な狙いは国内右派層とトランプ大統領へのアピールだったと分析。国際的孤立の深まりを指摘。 |
| CBSニュース(アメリカ) | フランスや英国、ヨルダン、シリアなど複数国の首脳が持ち時間をイスラエル批判に充てた事実を客観的に整理して報道。 |
| NBCニュース(アメリカ) | マムダニ市長による即時の反論声明と、ネタニヤフ氏に対する国際刑事裁判所の逮捕状の存在を強調して報道。 |
🔵 総じて、米国・英国の主要紙は「退席劇」と「国際的孤立」を軸に据える論調が目立ち、ネタニヤフ氏の主張内容そのものへの評価よりも、演説を取り巻く政治的文脈(イスラエル総選挙を控えた国内向けアピール、トランプ政権との距離感)に紙面を割く傾向が強かった。一方でイスラエル国内メディアの間でも、右派系メディアが演説を「劇的な抗議行動への一撃」と肯定的に描く一方、ハアレツのようなリベラル系メディアは同じ演説を「孤立の証」として否定的に描くなど、報道姿勢の分裂が見られた。
まとめ
🔵 今回の国連総会は、ネタニヤフ首相の演説内容そのものよりも、77カ国規模とされる代表団の不在・退席という「見えない抗議」が世界的な話題をさらった点で象徴的だった。ガザをめぐる「ジェノサイド」の是非、パレスチナ国家承認の広がり、そしてイスラエル総選挙を約1カ月後に控えた首相の国内向けメッセージという複数の文脈が交錯し、一つの演説が国によって全く異なる形で受け止められる現実を改めて浮き彫りにした。