ENERGY CRISIS 2026 / NAPHTHA
ナフサはガソリンではない
ナフサ(naphtha)は軽質の石油留分で、スチームクラッカー(蒸気分解装置)の主原料になる。ここからエチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエン、キシレンが生まれ、合成樹脂、プラスチック、合成繊維、包装材料、医療材料、電子材料、半導体関連材料へつながる。
ガソリンスタンドの価格だけを見ると、この層の危機は見えない。日本のレギュラーが170円前後に見えるのは、補助金が51円/Lまで膨らんでいるためであり、ナフサにはその防波堤がない。
供給網の構造:どこが同時に傷んでいるか
平時、ホルムズ海峡は約2,000万バレル/日の石油・石油製品が通過し、世界の海上石油貿易の約25%を占める。S&P Global Energy CERAによれば、紛争前は同海峡を1日約120万バレルのナフサが通過し、アジアのナフサ輸入需要の60〜70%、中東ナフサ輸出の80〜90%を支えていた。
Drewryの整理では、ホルムズ経由ナフサの約72%が北東アジア(日本・韓国)向けだ。ICISデータでは、2025年にアジア主要石化経済が輸入したナフサ約8,660万トンのうち、UAE・カタール・クウェート・サウジ・オマーン・バーレーンで約54%を占めた。
| 経路・供給源 | 平時の役割 | 2026年9月時点の状態 |
|---|---|---|
| ホルムズ海峡 | 中東ナフサ・原油・LNGの主航路 | 通過隻数が急減。9月16日は商船3隻との船舶追跡 |
| East-Westパイプライン | ホルムズ回避のサウジ逃げ道(400万〜500万b/d) | ポンプ施設3か所損傷。修復5〜6週との見方も |
| バブ・エル・マンデブ海峡 | 紅海経由の代替出口 | 危険度上昇。迂回そのものが標的化 |
| 湾岸製油所 | ナフサ・ディーゼルの輸出拠点 | 湾岸で1,000万b/d超が停止状態とのIEA指摘 |
| ロシア製品 | アジア向けナフサの補完源 | 製油所攻撃で石油製品輸出が減少 |
日本の二重依存
日本はナフサ原料の約60%を輸入し、その約70%をペルシャ湾岸に依存する(C&EN、石油化学工業協会の説明)。国内生産分も原料原油の9割超が中東のため、輸入ナフサと国産ナフサを合わせると中東依存は実質80%超になりうる(大和総研)。
Nippon.comの整理では、2024年輸入の73.6%がUAE・クウェート・カタール・サウジなど湾岸で、日本全体のナフサ供給の4割超がホルムズに直接さらされている。
さらに構造問題がある。
- 国内精製能力は2009年の490万b/dから2025年3月の310万b/dへ縮小。
- ガソリン需要減でナフサを「ついでに」十分つくれない。
- 国家備蓄はガソリン・ジェットなど石油製品が中心で、ナフサは入っていない。
- エチレン装置稼働率は70%を下回った(石油化学工業協会)。
- 日本は12基あるエチレン装置のうち4基を長期的に停止する再編を進めており、危機が再編を加速させる。
すでに起きた調達ショック
開戦直後の3月、中東ナフサ出荷は2月の406万トンから69.2万トンへ落ち、5分の1未満になった(S&P Global Commodities at Sea)。Platts C+F Japanナフサは3月31日に1,207.50ドル/トンと、2010年以降の最高圏まで跳ねた。
日本の4月ナフサ輸入は前年同月比47%減。国内販売は同36%減。5月価格は年初比83%高との試算もある。韓国のYeochun NCC、シンガポールのPCSやAsterはフォースマジュール(不可抗力条項)を宣言した。
代替調達は進んだ。日本は非中東調達を月約45万kLから90万kLへ倍増し、うち約30万kLが米国。5月輸入は戦争前の約80%まで戻した局面もあった。だがC&ENが9月17日に指摘したように、迂回ルートまで傷むと「代替の代替」が細る。
価格の見え方:原油より製品が歪む
9月16日のシンガポール目安は、ナフサ約105ドル/バレル前後、ガソリン92が約145ドル、ジェット約190ドル、10ppmガスオイル約200ドル。原油が100ドル前後でも、中間留分と石化原料の緊張は別物として残る。
欧州10ppmディーゼル現物は9月15日に1,642.25ドル/トンと、S&P系列で過去最高。湾岸のディーゼル/ガスオイル輸出は8月に39万b/dまで落ち、戦争前の約4分の1。湾岸+ロシアは2月比160万b/d減で、戦争前は世界の海上ディーゼル取引の約45%を占めていた。
ポリエチレンは最大約90%、ポリプロピレンは約80%上昇した局面がある。上流コストは包装、日用品、医療用品、電子材料へ波及する。
なぜ備蓄だけでは足りないか
石油備蓄はタンカーを通さない。ホルムズが細り、製油所が止まり、製品船が来なければ、時間を稼ぐ装置にすぎない。IEAは2月以降の世界観測在庫減を5億700万バレル、8月だけで9,500万バレル減とみる。2026年の世界石油供給は前年比570万b/d減の平均100.7百万b/d、本格回復は2027年ずれ込みとの見通しだ。
日本の8月21日時点備蓄は国家103日、民間98日、共同約4日で国内消費ベース204日。ただしIEAの90日は純輸入ベースで、国家備蓄だけ見ると基準割れとの説明がある。しかもその中にナフサは基本的にない。
代替手段の限界
| 代替 | 効く点 | 限界 |
|---|---|---|
| 米国・欧州・地中海ナフサ | 調達先の分散 | 量・船腹・運賃。湾岸喪失分を完全置換できない |
| 国産ナフサ | 国内製油所からの内製 | 原料原油自体が中東依存。精製能力も縮小 |
| エタン転換 | 中国や一部インド案件で有効 | 日本の既存クラッカーはナフサ仕様。設備転換に年単位 |
| 石炭化学(中国) | 中国はショック吸収力が相対的に高い | 日本は使えない経路。競争条件がさらに不利に |
| ケミカルリサイクル | 中長期の国産原料化 | 足元の不足を埋められない |
| ロシア品 | 一時的な穴埋め | 製油所攻撃と規制リスク |
S&Pの指摘どおり、「ナフサは採算の問題を超えて、入手できるかどうかが核心」になっている。
川下への波及マップ
ナフサ不足 → エチレン等のコスト上昇 → PE/PP価格上昇 → 食品包装・日用品・医療・繊維 → 需要減と輸入品への置き換え。大和総研は、ナフサ価格が80%高い状態が続けば企業間取引価格+1.1%、消費者物価+0.23%、供給が半減するテールリスクでは実質GDPを約0.43%押し下げると試算した。
見るべきはガソリン小売ではない。
- ホルムズの1日当たり通過隻数
- CFR Japan / シンガポールナフサ
- 国内エチレン稼働率
- 非中東ナフサの到着量と運賃
- PE・PPなど川下樹脂価格
3つのシナリオ
A. 物流が徐々に回復。 原油は100ドル前後で一服しうる。East-Westが部分再開すれば緩和は大きい。ただし製品在庫はすでに薄い。
B. 現状が数週間〜数か月。 ディーゼル、ジェット、ナフサ、LNGへ影響が広がる。化学の減産と価格転嫁が本格化する。
C. 攻撃が拡大。 世界銀行が示すBrent平均115ドル想定を超えうる。代替ルートまで標的になった点が、2022年型危機との最大の違いだ。